読んでいない本について堂々と語る方法・科学を育む 査読の技法

読んでいない本について堂々と語る方法

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)

ピエール・バイヤール
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読んでいない本についてコメントさせられることの多い職業があるとしたら、大学教師という職業などはさしずめその筆頭にあげられてしかるべきだろう。p.178

学校空間というのは、そこに住む生徒たちが課題とされた書物をちゃんと読んでいるかどうかを知ることが何よりも大事とされる空間である。そこには完全な読書というものが存在するという幻想が働いている。p.199

 

学生が教員に読むべき教科書・参考書のオススメを相談すると、しばしば立派な教科書を通読しろといわれる。授業について質問すると、「○○読んだら書いてあるよ」と遮られる。○○は『細胞の分子生物学』であったり『グレイ』であったり『ガイトン』であったり、時にはその教員の著作であったりする。そして実際に読んでみるも、質問の答えがどこに書かかれてるのかわからない(書かれてないかもしれない)。

実際問題、そんなの全部は読んでられない。(『グレイ』は別 w) 教科書は買うかもしれないが、プリントをみて過去問もみたら、だいたい大丈夫な気がする(解剖学は別 w)。

実は教員も全部読んでいるとは限らない。もしかするとちゃんと読んだかもしれないが、自分の担当部分以外は流し読みだったかもしれない。教科書が改訂され新しい本が献本として届けられるが(教科書指定すると見本用に1冊もらえることが多い)、読み直すとは限らないし、スライドを一からは作り直さないかもしれない。それでも講義で学生を煙に巻くことはできる。(そしてブログでレビューも書ける w)

本書は「本を読まずにその本を語る」ことの勧め。筆者は文学の批評をする人なので、「本を読んでいない」とはいいにくいはずなのだが、この本を書いてベストセラーになったという。本書には多数の本が引用されているが、その多くを筆者は読まずに語っている(この点について訳者のあとがきも読むことを勧める)。それを明示するのに、以下の記号で区別している:

  • 〈未〉ぜんぜん読んだことのない本
  • 〈流〉ざっと読んだ(流し読みをした)ことがある本
  • 〈聞〉人から聞いたことがある本
  • 〈忘〉読んだことはあるが忘れてしまった本
  • ◎ とても良いと思った
  • ○ 良いと思った
  • × ダメだと思った
  • ×× ぜんぜんダメだと思った

〈精〉精読した本、というような分類がないのは良心的だ。筆者の専門はプルーストで、それについてはよく知っているそうだが。

「読んだ」本(そのようなカテゴリーが何かの意味を持つとして)と流し読みした本のあいだに大した違いはない。(中略)もっとも真剣で、もっとも遺漏のない読書でさえ、じきに大ざっぱな読書になり、あとから見れば流し読みにひとしいものに変貌するのだからなおさらである。p.088

下は米国の学生の例。古書で購入した教科書『The Vertebrate Body』(かつて米国の大学の教養の授業でよく使われていた)の2ページ目と17ページ目である。どうやら第2章(19ページ〜)を目前にして、「and all classes to phyla」にマーカーを引いて力尽きたようだ。

 

教科書の書き込みが第1章で途絶えた

 

読書百遍意自ずから通ず」(初めはむずかしくてわからない書物も、辛抱して何度も繰り返して読んでいると、おのずと理解できるようになる)といって、がんばって本を読むべき根拠として強迫的に使われるけれども、わからないで読むのは流し読み以下なわけで、100回も繰り返すのは(実際にそういう修行もあったらしい)学習法としては最低だ。教養課程の授業の勉強で例えれば、物理学に『ファインマン物理学』全5巻(〈聞〉◎)、数学に『ブルバキ数学原論』(何巻?)(〈聞〉○)、プログラミングに『The Art of Computer Programming』4巻刊行中(〈聞〉◎)を読むようなものだ。

 

ワインの銘柄や品質を知るのに一樽ぜんぶ飲みほす必要はないだろう。ある本に何らかの価値があるかどうかを知るには半時間あればじゅうぶんだ。いや、形式をつかみ取る本能がある人間なら、十分もあればじゅうぶんだろう。p.253. ワイルド『芸術家としての批評家』から

 

実際、読んでいないというかわりに「驚異の速読」だといっているひともいる(〈聞〉×)。〈聞〉だけで生理学の教科書を評価した記事もある。

筆者は、書物とその集まりについて、それぞれ対応する3種を提唱する。そしてたとえば、読書で重要なのは個々の本に没頭することではなく「全体の見通し」での位置づけを掴むことだという。

  • 共有図書館:ある時点で、ある文化の方向性を決定づけている一連の重要書の全体
  • 内なる図書館:個々の読書主体に影響を及ぼした書物からなる「共有図書館」の主観的部分
  • バーチャル図書館:書物をめぐる対話からなる「幻影としての書物」の集合体
  • スクリーンとしての書物:共有図書館を見通すよすがとしての書物
  • 内なる書物:書物を主体的に捉え、それを「スクリーンとしての書物」にする際の影響源。読んだ本の評価を左右する個人的な知識や好みや考え方
  • 幻影としての書物:書物について語るときに現れる、儚い記憶や印象からなる会話の対象

学生が教科書の相談をしたときの教員の捉えどころのないアドバイスでいえば、そのとき教員は自身のバーチャル図書館内の幻影としての書物について語っているわけだ。教員の目が泳いでいるのに気づいたら、本当にそこから試験が出題されるかどうかを過去問から確認して、さっさと図書館に行って勉強しよう。

一方「解剖学」の授業を例に取れば、教科書、アトラス、問題集、解剖実習、ビデオ教材など、いろいろなリソースから学んで「人体の仕組み」に関する知恵を自分の脳内に形作ることが目的なので、『グレイ解剖学』を暗記するだけではしかたないし(一定量の暗記はマストだが)、『グレイ解剖学』の代わりに『イラ解』でも、結果が同じならなんでもいい。

まあ、賢明な医学生諸氏は自然と身につけているけれども(「Gross Anatomy 」より)。

 

勉強はしてるさ、ちゃんとね。やり方があるのさ。太字メソッドってね。勉強しなきゃいけないのは太字で書かれたことだけさ。教員がテストに出す90%がそれさ

 

『読んでいない本について堂々と語る方法』自体は読んだ方がいいのか? 医師や研究者や専門家になると、なにがしかの資料を読んで、なにがしかを書かないとやっていけない。といって、読書に時間を掛けていては本職に差し障るというものだ。本書は文学の人の文章なので、レトリックやメタファーが多くて理系には慣れるまで読みにくく、ちょっと時間が掛かる。しかし、読書のやりくりの参考になるはずだ(〈流〉◎)。

 

みずから創作者になること——本書で私が一連の例を引きながら確認してきたことが全体としてわれわれを導く先は、この企てにほかならない。p.269

医学生なら、「創作者」というか、「医学を使って仕事ができる人」になるだろうか。

 

科学を育む 査読の技法

科学を育む 査読の技法

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水島昇
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科学論文が出版される前には、同業の研究者複数のチェックを受ける。これを「査読」といい、論文の科学的な正しさを保証している(下図)。

 

論文査読の概要(いらすとやのイラストを使って作成)

 

最近は、速報性がより重視される研究では、査読前に原稿がいったん公開されることもある。こういう原稿を「プレプリント」という。コロナ渦のためにプレプリントが世事に影響することが目立ったが、査読後にキチンと読み直すことが肝要だ。査読前に、ときには査読をすり抜けたあとで、捏造がバレた論文も少なくない。

査読は研究者のボランティア活動で、無報酬の互助的な慣習だ。それが実際にどう行われているのか、もし査読の依頼がきたらどうしたらいいのか。査読を依頼した出版社からは、査読のポイントや段取りが呈示される。それを読んだとしても、どういう距離感で批評したらいいのか実感はむずかしい。また査読付きの医学論文は英文なので、査読結果も英作文しないといけない。仮に「ぜんぜんアカン」といいたいにしても、英語でどう言う?

いくつかガイドブックがあるなかで、最近の成書をみてみよう。なんか、価格が高い気もするが、著者が医師で、医師どうしの座談会もあったりするからだろうか。

医学論文の書き方や査読の仕方の本を選ぶポイントは、筆者がどれだけ医学誌の内情に通じているかだ。違法薬物の取り締まりに例えると(例えの妥当性は置いて)、末端の売人より組織のボスを捉えた方が効果的なのと同じ。本書の筆者はいくつかのメジャーな医学誌の編集顧問(分野の専門家集団で、投稿された原稿を門前払いするか査読に回すかを決める中ボス。大ボスは出版社)や編集委員(論文の筆者と査読者とをつないで査読を仕切る小ボス)を経験している(下図参照)。大ボスの事情は、『新訂 うまい英語で医学論文を書くコツ』に詳しいので参考にされたい。

 

科学誌の内情(『新訂 うまい英語で医学論文を書くコツ』から)

 

本書は大きく3部構成になっている。第1部は、査読のあらまし。何をどう評価するかの心得や、技術的に上手くやるこつ(2画面が便利とか、印刷しないとか)。

もくじ

  • 第1部 査読のリアル
    • 1 査読依頼がきたら
    • 2 査読の心得
    • 3 査読の実際
    • 4 査読システムの試行錯誤
    • 5 査読者へのインセンティブ
  • 第2部 特別座談会【水島 昇(司会),今井眞一郎,田口英樹,中山敬一】
  • 第3部 査読例文集
    • 1 論文全体に関わるコメントに使える英語表現
    • 2 具体的なコメント に使える英語表現
    • 3 改訂版(リバイス)原稿へのコメント に使える英語表現
    • 4 エディターへのコメント に使える英語表現
    • 5 総説へのコメント に使える英語表現
    • 6 やむを得ず辞退する場合 に使える英語表現

 

科学論文の査読なので、さすがに「読んでいない原稿について堂々と語る」というわけにはいかない。一方で、査読には必ず〆切があるから(数週間など)、じっくり読んでもいられない。そこで、評価するポイントを定めて読むことが肝要だ。

 

査読で見るべきポイント

 

①正当性と②論理性はテクニカルなことなので、当該分野に通じていれば客観的に評価できる。研究方法が妥当かどうか、電気泳動の写真や顕微鏡写真に変な加工がされてないか、ただの相関を因果関係といってないか、など。

③新規性の判断は、筆者の専門から少し外れると即答が難しい。筆者自身がこれは新しい研究だと文中で主張しているはずだが、GoogleやPubMedを検索して裏をとらないといけない。

④重要性、⑤普遍性は判断は、雑誌のランクや編集方針と比較して評価する。

⑥倫理性は、生命倫理、遺伝子組換え実験、動物実験などの認証を筆者の所属機関からうけているとの一文があるかどうか。

⑦論文の体裁は、あまり酷いのは編集顧問が弾いているはず。

いずれにしても、科学全体や分野全体、研究の常識、科学論文の一般的な書き方の中で原稿を位置づける作業になる。『読んでいない本について堂々と語る方法』でいえば、「共有図書館」(サイエンス全体での尺度)と査読者の「内なる図書館」(専門内での尺度)に照らして原稿を評価するわけだ。細かな表現に拘泥せず、介入もそこそこにして、「全体の見通し」をブレずに見極めることが重要だ。

第2部は査読や編集に関わる4者の座談会。筆者一人ではn=1で統計学的にアレだけど、共著にする暇ないし、座談会って事で、かもしれないが、確かに信頼性は増している。

 

座談会で、n=4

 

第3部はいろいろなシチュエーションで使える多数の例文。実際的で役に立ちそうだ。もはや、次の査読依頼が来たら使ってみたい言い回しがたくさんある(いいたいだけ)。

 

原稿の評価の例文

 

査読を断るときの例文

 

ところどころに、編集者・査読者から見た論文投稿のコツがある。査読をやる見込みがまだなくても、投稿者として役立つ。