グラント解剖学図譜 第8版

グラント解剖学図譜が今夏に改訂され、第8版になった。原著第15版に相当する。

2015年3月に放送された「NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 小児外科医・山髙篤行の仕事 恐れの先に、希望がある」の医師がいう:

手術をキメられるか、キメられないかっていういちばん大きな要因は、手術の前の準備。9割が手術前で決まっていて、手術は変な話、手術する前に終わっている

その準備に使われていたのが『グラント解剖学図譜』の原著だった。

 

『Grant’s Atlas of Anatomy』の図:NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 小児外科医・山髙篤行の仕事 恐れの先に、希望がある

 

『Grant’s Atlas of Anatomy』は、1943年から続く老舗のアトラス。 『ネッター解剖学アトラス』の原著初版が1948年なので、その5年前だ。3つの点で、前版から大きく変更されている。

  • 章の順番が『Grant’s Dissector』と統一された
  • 前版から進められていたイラストのリマスター作業が完了した
  • 電子版付属(日本語版にはない)

その他にも、細かな改変が施されているようだ。

本書の特徴は5つある。

  • 実物を写実的に描いて制作された解剖図。正確性に秀でている
  • 模式図が適宜使われている
  • 体表の写真、医用画像も使われている
  • 臨床で重要になるポイントもカバーされている

残念なのは、原著には付属している電子版が、日本語版には付属していないこと。日本語版にも電子版を付けてほしいし、難しければKindle版なり医書.jp版をだしてほしい。冊子が大きくて重く高価なので、実習室で使うのは憚られるからだ。英語が大丈夫なら原著を使うとよい。

 

前書き

 

この版から、章立てが『グラント解剖学実習』と統一された。予習や実習で参照するときに使いやすくなった。解剖学実習はキツく詰め込まれたスケジュールでやらないといけないので、こうした小さな改良も役に立つ。

 

グラント解剖学実習 グラント解剖学図譜 第8版 グラント解剖学図譜 第7版
第1章 背部 背部 胸郭
第2章 上肢 上肢 腹部
第3章 胸部 胸郭 骨盤と会陰
第4章 腹部 腹部 背部
第5章 骨盤と会陰 骨盤と会陰 下肢
第6章 下肢 下肢 上肢
第7章 頭頚部 頭部 頭部
第8章 頸部 頸部
第9章 脳神経 脳神経

 

原著第14版からコンピュータグラフィックスを使った図版のレタッチと彩色が進められていたが、原著第15版(日本語版第8版)でそれが完了した。

『Grant’s Atlas of Anatomy』の初版の図のほとんどは、Dorothy Foster Chubb氏が1年間で仕上げたもの。実際の解剖標本を木炭画で細密に描いた。その後、Nancy Joy氏、Elizabeth Blackstock氏などのイラストレーターが図版制作を継続した。比類なく精密なこれらのイラストは現在の版でも使われている。

 

Dorothy Foster Chubb 1907-2005(AMI2021より)

Nancy Joy 1920-2013(AMIより)

 

 

初期の木炭画は、写真で複製して彩色する方法で、後にカラー化された。近年では原図の損傷が無視できなくなったため、改めて原図の修復とアーカイブ化がなされた。デジタル技術で原図がレタッチされ、統一されたカラーコードに沿ってコンピュータグラフィックスで改めて彩色された。それがこの日本語版第8版の図版である。

初期の木炭画以降も、多くのイラストレーターが図版を追加してきた。最近の図版には、原図をコンピュータグラフィックスでトレースしたり、初めからコンピュータグラフィックスで制作したイラストも使われている。ただし、初期の木炭画の迫力には及ばないようだ。前版でそのような質の低いCGが増えかけたが、今回の改訂でその多くが省かれたようだ。

いずれにしても、オリジナルの図版の価値をリスペクトしている姿勢が好ましい。関係者が、図版に対する審美眼を欠いていると、解剖学アトラスは劣化していくから。

 

コンピュータグラフィックスでレタッチ、彩色された

 

時代を超えて制作されたイラスト。左ページの大きな図はNancy Joy氏作、右はDorothy Foster Chubb氏作で、オリジナルの木炭画にデジタル彩色されたもの。小さな図にはサインがないが、最近の図のようだ

 

第8版。デジタル彩色によって色調が鮮やかになり、図版間で配色が統一された

 

第7版。彩色されているが、色調の統一の前のもので、彩度が低い

 

貢献してきたイラストレーターが謝辞に記載されている。

 

謝辞

 

体表解剖や画像解剖も多く取り入れられていて、卒後も実用になる。図のテーマや解説文には臨床で役立つポイントがふんだんにある。

 

上肢骨の体表から触れられる目安。体表の写真に骨格のイラストが重ねられている

 

乳腺・乳房の解剖を体表写真と解剖図の組み合わせでみる

 

解剖図と医用画像(乳管造影、MRI、マンモグラフィー)で乳腺を学ぶ

 

乳腺周囲のリンパ路。癌の診療で重要になるポイント

 

手根骨のイラストとX線写真で、手根骨の骨化を使った小児の成長の評価を学ぶ

 

現代の解剖アトラスらしく、たとえば肝区域の図もある。内視鏡手術でしか気づかないような細かな血管やバリエーションも記載されている。それらの図の多くは初期の図であり、本書が当初から精密だったことを物語っている。

 

肝区域

 

胆嚢の細かな血管。開腹手術だったら気にしなかったかもしれないが、内視鏡ではみえてしまう

 

ERCPと、胆嚢動脈のバリエーション

 

解剖実習では使われないアプローチからの図がある。視点がかわると構造の理解が進むし、外科手術の参考にもなる。

 

男性骨盤内臓の後方からのアプローチ。前述のNHKの番組にも映っていた。

 

アップデートした方がよさそうな図は、少しある。

たとえば、鼡径管・精索の部分。実際の剖出や手術のようすに近いリアルなイラストではあり、そのこと自体はよいのだが、膜の成り立ちの模式図がわかりにくい。

喉頭の図、8.35Bと8.36Cは、立体感が掴めない。

レジェンドが続くには、初代たちのような画力で、実物に即して描くイラストレーターが育成できてるかが、今後のポイントになりそうだ。最近の版で加わっている図の多くは、多分実物を見ないで昔の図を手本にしているのだろうなという感じだ。ダメな医学生のスケッチ課題じゃないんだから、劣化コピーを増産せずちゃんと剖出したのを描かないと、初代は越えられない。

 

鼡径管の膜構造

 

参考:『グレイ解剖学アトラス第3版』の鼡径管(男性)の図

 

要所要所で、図表を使ったまとめがある。勉強に便利だ。たとえば喉頭筋のまとめ。解剖しながら参照し、各筋の作用をおさえていきたい。

 

喉頭筋のまとめ

 

脳神経の部分。頭蓋底の図は、他のアトラスでは変なのがあるが、これは大丈夫のようだ。

 

頭蓋底

 

脳神経の作用と臨床像のまとめがある。臨床研修で神経内科を回るときにも役立つ。

 

脳神経のまとめ

 

原著第15版には、電子書籍へのアクセスコードが付属している。冊子体と同じ内容に加えて、Acland’s Video Atlas of Human Anatomyからとられた動画もある。日本語版で省かれているのが残念だ。

 

原著には、Lippincott Connect上に電子コンテンツがある