小説みたいに楽しく読める解剖学講義 + 韓国語版
一般の読者向けの解剖学の読み物。ふつうの人も医学生も楽しめるよう、ネタを仕込んだ。学術的であるからには、裏付けのために文献を集め、エビデンスをチェックした。
羊土社のサイトで、第1章の前2/3くらいまで立ち読みできる。
レッドオーシャンな解剖学
ヒトの体に関する本は、一般書から専門書までレッドオーシャンだ。解剖学や生理学の一般読者向けの読み物にかぎっても、類書がたくさんある。
そうした本の「またもや一冊」になるのは気乗りしない気がしたので、本書は、医学科の実際の解剖学実習に沿って構成することにした。『グラント解剖学実習』と同じだ。いつも筆者らが授業でやっている、そのまんまの並びだ。一般の読者向けでマジで解剖学実習が語られている類書は他1冊しかみあたらなかった。
『小説みたいに楽しく読める解剖学講義』 | 『グラント解剖学実習』 |
---|---|
はじめに | 序文 |
第1章 解剖学をはじめよう | はじめに |
第2章 背部 | 第1章 背部 |
第3章 上肢 | 第2章 上肢 |
第4章 人体発生のあらまし | – |
第5章 胸部 | 第3章 胸部 |
第6章 腹部 | 第4章 腹部 |
第7章 骨盤部・会陰部 | 第5章 骨盤と会陰 |
第8章 下肢 | 第6章 下肢 |
第9章 頭頸部 | 第7章 頭頚部 |
あとがき | – |
本書は縦書きの本だ。文章主体だけれども、図が解剖学的に「正しい」かには気をつけた。
医学生が読んでも役立つように、出題ネタやゴロも入れておいた。
きりきり舞いの解剖学実習
実際の授業と同じ雰囲気を伝えられていたらうれしい。
最初の方は座学なのでゆるゆると進む。解剖学的正位を自分でやってみたりする。骨学実習で軸椎に感心する。
そしてドキドキの解剖学実習初日。大後頭神経と格闘する。上肢では鳥・猿・お化けがでてくる。胸腹部への準備のはずの発生学では、たくさんでてくる遺伝子の名前に目がくらむ。
胸腹部はボス戦が続く。実際の授業ではCTやエコーやスケッチやらもあって、きりきり舞いする。骨盤部・会陰部は変に緊張する。
一休みの下肢…とは言え実はきびしい(テストが)。最後のボス戦が頭頸部だが、すでにライフは残り少なく、意外とサッと済んでしまう。
読めば役に立つ
知っていたら(いのちが)助かるというネタには重点を置いた。
胸腹部を通してなんども出てくるのが関連痛。内臓のいろいろな病気に早く気づけるかもしれない。脊髄レベルやらデルマトームやら座学で学んだことが、ここでの理解に役立つ。
四肢ではコンパートメント症候群。走り込みをして足の筋肉の盛り上がった選手は要注意だ。またこれは医学生向けでもあって、筋膜をむやみに剥がすなっていうことでもある。
章末には参考文献のリストを入れた。知的探索の足がかりになればと思う。
章末のまとめもあるので医学生の試験対策に役立つ…かどうかはわからないけれども、思い出すきっかけになるように考えた。
医学部の解剖学をコンプ
実際の医学部の解剖学の授業をコンプリートした本は、一般読者向けの読み物にはこれまでなかったと思う。筋トレをがんばっているひと、内臓に関心のある人、神経痛に悩んでいるひとなど、いろいろなヒトに役立つポイントがあるはず。
一方で、本の始めに引きの強そうなネタを置いて、後の方はそれなりにフェードしていくという、ありがちな構成にはしにくかった。なので、シリーズ前2巻より厚めで、書棚での存在感が増した。
実は編集前提で多めに原稿を書いたので、担当さんがだいぶ悩んだかもしれない。しかし、おかげでスッキリしたと思う。
映え重視
本書で「小説みたいに楽しく読める○○学講義」シリーズが3冊になった。(『生命科学講義』のノリを参考に『解剖学講義』を書いていたけれども、その後の『免疫学講義』がチャンとしていたので焦った。)
このシリーズの本はデザインの仕込みも特徴だ。例えば、タイトルなどに使われている枠線。それぞれに専用のデザインが施されている。
本書『解剖学』のカバーにはいろいろとオカシなイラストが描かれている。
帯を外すと、さらに奇怪なのが現れ、「妖怪大戦争」が始まるんじゃないかという感じだ。これらのイラストは本文の扉絵だ。原稿を読んでくれたデザイナーさんの脳内の具現化である。
カバーの前側の袖には解剖ちゃん(@kaibo_chan)がいて、ダ・ビンチに見つめられているし、後ろ側の袖にはひつじ社員が広告を掲げて営業をしている。
本文の用紙には、白すぎずアンバー過ぎもせず、表面の緻密な塗工紙が使われている。精密な解剖図がくっきりと再現され、文字もキリッとして読みやすい。コストはちょっとお高めらしい。
解剖図はちゃんとした
一般読者向けの解剖学・生理学関係の読み物には、模式的な附図が使われることがおおい。わかりやすさはあるけれども、形状の正確性は失われがちだ。本書はなにしろ「解剖学」なので、解剖図はちゃんと正しく描かれている。
一方でさし絵は、やさしい雰囲気になっている。メリハリというやつだ。
解剖学的にキメてありながらもかわいいイラストもある。見せるのはもったいないので、ちょっとだけ。
メリハリといえば、だいぶ脱力側に寄ったひつじ社員の絵もある。
これは、筆者が校正していてくたびれたときに、校正刷りに描いていた落書き。担当さんが気に入ってくれた。
ネタバレ注意
調べた文献を数えたら、ボツネタも含め600件以上になった。その中には思いもよらず「発見」したのもある。こういうのは楽しい。いくつか紹介してみよう。
- Boeles, P.C.J.A. 1932. “Uit den Frieschen tijd van Prof. Petrus Camper.” De Vrije Fries 31, pp. 104-108. https://koninklijkfriesgenootschap.nl/de-vrije-fries/nummer-31-1932/
- カンパー筋膜の名称になったペトルス・カンパーの逸話。スキャンダルっぽい。オランダ語なので、WaybackMachineに残っているテキストをDeepLで翻訳して読んだ。
- Sawabe, Motoji, et al. 2006. “Standard Organ Weights among Elderly Japanese Who Died in Hospital, Including 50 Centenarians.” Pathology International 56 (6): 315–23. https://doi.org/10.1111/j.1440-1827.2006.01966.x.
- ヒトの臓器の計測データの文献は思いのほか少ない。信頼できるものはさらに少なく、それが日本人となると稀になってくる。この報告は60~100歳の剖検100件に基づく。本書では臓器の重さや大きさを身近なものに置き換えた。
- Platell, Cameron, et al. 2000. “The Omentum.” World Journal of Gastroenterology 6 (2): 169–76. https://doi.org/10.3748/wjg.v6.i2.169.
- 大網に関する総説。名称の由来がおもしろくて本書の話が逸れてしまった。
- Morton, Darren, and Robin Callister. 2015. “Exercise-Related Transient Abdominal Pain (ETAP).” Sports Medicine (Auckland, N.z.) 45 (1): 23–35. https://doi.org/10.1007/s40279-014-0245-z.
- 長距離走などで脇腹がチクチク痛む現象の総説。筆頭著者のMorton氏は、この現象が起こる仕組みを長年研究し、いくつか仮説を提唱しながらも自ら否定してきた。確実な結論には至らなかったけれども、指導していた教授のリタイアにあたって総説を書かれたようだ。最も確からしいとした最後の説を、本書で紹介した。
- Breinin, Goodwin M., and Joseph Moldaver. 1955. “Electromyography of the Human Extraocular Muscles: I. Normal Kinesiology; Divergence Mechanism.” A.M.A. Archives of Ophthalmology 54 (2): 200–210. https://doi.org/10.1001/archopht.1955.00930020204006.
- 眼の動きを外眼筋の収縮で理解するとき、構造をみただけでは想像の域を超えられない。筆頭著者のBreinin氏らは1955年ごろから1965年ごろにかけて、ヒトの外眼筋に直接電極を刺して覚醒下で筋電図をとる研究方法(下図)を用い、外眼筋の機能に関する成果を多く報告した。残念ながらこの技術は継承されなかったようだ。本書ではこの論文をもとに外眼筋の働きを説明した。
文献の「発見」には、Papersを使った。自分のライブラリーに関係する文献を提案してくれるRecommendationの機能が役立った。
電子版もある:
医書.jp版とM2PLUS版は、しおり、マーカー、描き込みなどに対応しているので、冊子体のように使える。オススメ。M2PLUSでは、今日の治療薬、南山堂医学大辞典、イヤーノートへのリンクがオレンジ、緑、水色のマーカーで表示される(オフにもできる;リンク先を見るには別途購入必要)。
Kindle版は紙面のままの表示ながら、マーカーや描き込みに対応してない。Kinoppyはマーカーに対応しているが、描き込みはできない。
韓国語版
2024年12月5日、SIGMA BOOKS社から韓国語版が出版された。
「寅さん」、「コマネチ‼」、「ロケンロール‼(の落書き)」まで再現されている。
定価 25,000大韓民国ウォン で、日本語版の価格とほぼ同じ。
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