手術記録の描き方・活かし方 デジタルイラストで描くオペレコ入門

 

医師は診療の内容を的確にカルテに記録することを求められる。外科手術では、通常のカルテに加えて、「手術記録」「オペレコ」と呼ばれる資料が作成される。(「オペレコ」は多分和製英語で、英語圏では「operation note」)

 

海外では文章で手術の内容が記載されるが、日本ではもっぱらイラストも使われる。これは日本独自の習慣で、手術を的確に描くことは外科医の重要な修練のひとつであると考えられているらしい。

解剖や手術内容を理解していないと、人体の構造や手術を的確に描けない。それを描くことによって、構造や手技への理解が深まり、技術向上に生きるというわけだ。

第74回日本消化器外科学会総会(2019年;コロナ前だ)に「オペレコを極める」という特別企画があり、オペレコの達人が表彰された。

 

第74回日本消化器外科学会総会(2019年)のサイトから

 

企画概要にこうある:

手術記録の書き方は様々ですが,イラストや術中写真入りの見た目に分かりやすい手術記録を作成することには,3次元の解剖の確認や,手術手順を理解するうえでの教育上の効果があると考えられます.また,紹介医に対して,きちんとした手術記録を貼付して返事を書くことは良い外科医に必要なマナーです.そこで本企画では,日々作成されている手術記録や作成方法を公募し,より良い手術記録の作成方法について議論します.

手術記録の描き方・活かし方 デジタルイラストで描くオペレコ入門』の筆者は、まさにこの企画でグランプリを受賞した外科医だ。筆者自身、イントロでこう述べている:

手術のイラストが上手く描けないときは、往々にしてその手術が解っていたいことが殆どです。そもそも解剖構造が理解できていない、手技の手順・その意義が解っていないなど、イラストにしたい手術が頭の中で描けていないのではないでしょうか?

解剖学実習や組織学実習で履修生に課しているスケッチの指導と同じではないか! 加えて、本学の解剖学実習ではiPadを貸与しているし、自分のiPadを実習に持ち込んでいる履修生も多い。実習のスケッチをiPad上で完結できるなら、すばらしい —— そのような経緯で、本書を紹介してみよう。

 

「そもそも頭の中で描けていない」

 

イラストを上手に描く、しかもそれをアプリを使って描くとなると、何か特別な技能のように思って怯んでしまう。仮にそれをやるにしても時間がかかりそうで、学生なら授業中、外科医なら診療の合間にやろうというのは大変そうだ。

そうではないと筆者はたしなめる。頭の中のイメージを確かにすること、伝わることにだけ気をつけて、自分へのハードルを下げて楽しもうと。そして「あとは繰り返し練習だ」というのも忘れない(*)。

* 絵画・イラスト・音楽など、芸術関係の趣味の入門書はたいてい、簡単だ、すぐできる、というけれども、お手本や作例をみると、実際には練習しないと上手にはならなそうなのである。ここで怯まないことが、先に進めるかどうかの分水嶺かもしれない。

* デッサンが〜、と気になったら、諦めてトレースだってよい。

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「ハードルを下げて楽しむ!」

 

読者のスレッショルドを下げたところで、実技に移る。コンピュータ関係のマニュアル本そっくりに、まずアプリの準備からだ。

本書で使われているのは、MediBang Paint というアプリ。本来はマンガやイラストを描くためのアプリ。本書の端末はiPadだが、Mac / Windows / iPhone / Android でも使える。無料だが、広告付きで多少の機能制限がある。課金をするとこれらをなくせる。

本書は無料の範囲で記述されている。本の通りにやれそうな気がしてきたら、課金も考えてみよう。

 

アプリのインストールから

 

ツールの説明

 

インストールと機能説明がすんだら、さっそく使ってみる。

MediBang Paint は、無料でも本格的なイラストを描けるような豊富な機能を備えている。本書ではそれを細かく説明するのではなく、オペレコに必要十分な操作だけを練習していく。

つづいて肝胆膵領域を例に、実際のオペレコにならって、イラストを作り上げていく。

 

球体に影を入れてみる

 

臓器の線画に彩色してみる

 

本書には、対応するオンラインコンテンツのアクセスが付属している。アドレスとアカウント名は冒頭に、パスワードは奥付にある。

実は、不正防止なのだろう、奥付のどこにパスワードがあるのか、説明がない。何かそれらしい白いものが貼ってあるが、剥がせとも削れとも指示がない。爪で縁を引っかけてもなかなか剥がれてこない。正解は、この白いものは2層になっていて、不透明な表層だけを鋭いもので引っかけて剥がすのである。慎重に。

サイトにアクセスすると、テンプレート、操作のムービー、手術器具のパーツなどがある。

 

なにやらステッカーがある

 

テンプレ

 

手術器具のパーツ

 

最後に、外科系のいろいろな領域のオペレコの実例が掲載されている。アプリだけでなく、従来どおりのペンと色鉛筆で描かれたイラストもある。

 

筆者の肝胆膵領域のオペレコの例

 

乳腺外科のオペレコの例

 

MediBang Paint 自体の操作は、MediBang Paintのサイトに沢山あるから、それをみるのがよい。ガイドブックもある。

 

MediBang Paint公式ガイドブック タブレット編

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ちなみに、基礎医学分野で論文などのイラストを描くのに、bioRENDER というのがある。細胞や分子のパーツを使って見栄えのするイラストが簡単に作れる。