標準解剖学
医学書院の「標準医学シリーズ」は基礎医学から臨床医学まで網羅する医学教科書のシリーズ。解剖学を欠いていたが、この3月に加わった。
解剖学書には、『グレイ解剖学』や『臨床のための解剖学』をはじめ、すでに定評のあるのが多い。そこに敢えて付け加えるのには、勢いを要したろう。
著者には解剖学書の著作や翻訳が多数ある。比較解剖学や医学史に造詣深く、医学書のコレクションもお持ちだ。本書はこうした著者の視界で計画されていて、解剖学だけでなく、関連する生命科学や臨床医学の記事も含まれる。
本としてのボリュームは控えめ。『ムーア臨床解剖学』や『生理学テキスト』に近い。おなじ「標準医学シリーズ」でも『標準生理学』の6割くらいだ。
今日の解剖学の授業では、解剖学実習が授業の主軸になっている。それに合うのは、「局所解剖学」の体裁になっている教科書だ。本書もそうなっている。
ただし、局所解剖学に沿って勉強していると、系統別の見通しを見失うことがある。それを補う目的で、各章の冒頭に章のアウトラインが見開きでまとめられている。代表的な図がサムネイルで入っているので、ビジュアルに全体を概観できる。
解剖学書のキモは、解剖図だ。著明な解剖学書には素晴らしい図がある。本書の図のイラストレーターは、東京藝大で学び、著者の元で医学博士を取得した。医学書向けに図を制作しているほか、美術解剖の著作もある。
本書の図は描き下ろしだが、古典の『ファブリカ』から現代の『プロメテウス』まで、他の著明な書籍に「取材」したようにみえる図が多い。
文章は要約的で、箇条書きが多く使われている。ディテールには踏み込まない(たとえば、洞房結節・房室結節を栄養する動脈は臨床上は重要だが、ここでは言及されない)。文章でわかりにくいポイントは図が補っていてほしいが、図が足らないと感じることがある(たとえば、壁側胸膜と臓側胸膜との関係)。図があっても、図から読み取るには描写が不足していることもある(たとえば、鼠径管と精索)。
発生学、生理学、臨床医学と関連する事柄は、それぞれ色分けされた囲み記事になっている。
画像解剖学への言及はほとんどなく、医用画像も少数だ。断面解剖のイラストもない。本学では解剖の授業内でCTやエコーも使うので、本書だけでは不足になるだろう。
本書には、神経解剖学が含まれる。米国の教科書では肉眼解剖学と神経解剖学は別になる。伝導路が回路図で示されているのは『プロメテウス解剖学アトラス』に取材したらしい。
クリニカルケースや練習問題はなく、巻末にコアカリとの対応表がある。もっとも、CBT対策の際には『QB』など他書が使われるだろう。
初版なので、「バージョン1.0」なりの不都合はあるようだ。また、他の本に取材しているイラストが少なからずあるのもどうか。
本書には電子版は含まれない。もとの判型が小さいので、PDFがあればiPadで快適に読めたと思う。電子化の推進を望む。
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