はじめての医学

医学生向けの学習原論のテキスト。著者の専門は分子生物学。『ヒトの分子遺伝学』などを翻訳されている。

大学に入学すると、新入生が「大学生」としての学ぶ方法とちからをつけるための授業がある。本学なら1年前期に「学びのリテラシー」という必修の授業が各学科生別にある。医学科生向けの授業だと、その「目的」はこうある:

医学・医療・生命科学に関するテーマについて情報を集め、吟味し、他者と議論することにより様々なものの見方に出会い、さらに得た情報を体系化して自分の考えを確立するという過程を経験する。この経験を通じて、論理的思考力とコミュニケーション能力の重要性を認識し、将来にわたってこの能力を向上させる契機とする。
2019 年度前期 教養教育「学びのリテラシー(1)」

なぜこのような授業が必要なのか。大学に入学した途端、高校(あるいは予備校)までと大きく異なる「学び方」を身につけないといけないからだ。そのことに早く気づけるかどうかで、大過なく国試合格できるかが影響されるといっても過言ではない。それについては『臨床に不可欠な学び方覚え方テクニック』を早く読んだ方がいい。

一方この『はじめての医学』は、新入生がこれから学ぶ医学を概観し、専門教育に進んでも迷子にならないためのガイドとして企画されている。独学ないし座学向けのテキストだ。よくある疾患がいくつかとりあげられ、それを理解するための医学のサワリが記載されている。基礎医学的な内容に始まり、診断や治療まで概説される。

せっかく医学生になっても、1年生のうちは「高校の延長」のような授業に飽きることがある。予備校の授業の方がよかったと思うこともある。そんなときに医学へのモチベーションを保つのに本書が役立つかもしれない。説明が簡略すぎて理解しにくいと感じたら、自分でアクティブラーニングだ。

一方で、問題提起からその「答え」まで書かれているので、TBL(チーム基盤型学習)、PBL(問題解決型学習)というような授業方法、つまり、学生自身がチームで考えて「答え」を求める授業には向かない。

本書のポイントはその学習目標だ。各章の要点を「30秒で口頭で説明できる」ことが求められる。これは、医師になって患者に病状説明をすることになったときのための準備だ。ことばのちからを養わせることを根拠として、本書は文章が多く、図の数が抑えられている。その図も模式図だけだ。ただし、解剖学的にはいろいろ怪しいのがあるので、初学者が変な先入観を持たないか多少心配ではある。

 

まえがきから:ことばによるプレゼンテーションを求める

 

肺・気管支・肺胞を説明する図:肺気腫のようなサイズの肺胞や分岐数にポリシーのない気管支など、いろいろ怪しい

 

学び方の好みを知るための VARK でいえば、Aural(聞いたり話したりして学ぶのが好き)と Read/Write(読んだり書いたりして学ぶのが好き)のスコアの高い学生に向いているだろう。『病みえ』など、今の医学書にはビジュアルな要素が求められることが多い。視覚要素になれた学生には本書はキツイかも知れない。アウトプットにことばを求めるのは正しいけれども、学び方には多様性があってよいのではないだろうか。

心筋梗塞を題材にした章をみてみよう。

最初のページで心筋梗塞について概説される。また、ページの右下には、専門に進んだときにどの科目が関係してくるかが書いてある。ここの内容は生理学で学ぶらしい。この章で解剖学が関連するのは、冠動脈の名前の由来が王冠に似ていることかららしいけど似てないよね、というのみだ。図がないので、読者は似ているとも似ていないともピンとこないかもしれない。この章に限らず、解剖学を元にしたネタは本書には少ない。

ちなみに、昔は心房は静脈の一部と考えられていたらしく、ダ・ビンチの心臓のスケッチでも心房が外されている。その状態なら冠動脈を王冠といわれても通じるだろうか。さらにちなみに、♡マークは心室だけを図案化したものらしい。

 

心筋梗塞

 

あとで生理学で学ぶ:逸脱酵素と心電図

 

各章にひとつ、症例が呈示される。呈示はされるけれども、そこから話が展開されるわけではないので、ケーススタディーの形式にはなっていない。この章の症例では、心筋梗塞の典型的な初期症状が記載されていて、よく読むように本文中で指示されている。

なお、心筋梗塞のときの特徴的な発汗は「冷や汗」と表現されることが多い。心筋壊死による急性循環不全に対して、末梢血管抵抗を増して血圧を維持するために交感神経系が亢進する。その交感神経系亢進が汗腺に副次的に働いたことによる発汗が、心筋梗塞の冷や汗だ。体温に関係のない発汗なので冷たくなる。症例には心筋や心嚢の痛覚の関連痛も記載されているが、本文にはない。

 

心筋梗塞の症例提示

 

続く説明では、心筋梗塞の診断が述べられる。本書で特に詳しく説明されるのは、心筋の逸脱酵素(CKとトロポニン)と心電図だ。

 

心筋梗塞の画像検査

 

心電図と刺激伝導系。ヒス束の引出線が束枝の分岐を差している

 

心筋の逸脱酵素

 

最後に学習目標が呈示される。ほかの教科書では「学習目標」は冒頭に示されることが多い。本書で最後に目標が示されるというのは、ざっと説明はしたから後は自分で調べて練習しなさい、その目標だ、ということなのだろう。つまり、アクティブラーニングだ。すぐあとに参考文献のリストがあり、アクティブラーニングのきっかけは与えられている。なお、本書の参考文献には、『人体の構造と機能 第4版』と『デビッドソン内科学 原著第21版』がよく出てくる。これはもちろん『人体の正常構造と機能』や『病気が見える』シリーズなど、適宜選んでいこう。

 

最後に出てくる学習目標

 

参考文献