臨床のための解剖学 第3版
本書は『Clinically Oriented Anatomy』原著第9版の日本語版。特徴をまとめると:
- 医学生向けの解剖学の教科書では最大
- とても多くの項目が載っていて、それぞれに図がある
- 臨床に関連する話題がたくさんある
日本語で学べる医学生向けの解剖学の教科書では最大だ。解剖学に割り当てられる授業時間が減っていく現状で「学生にとっての困難を解決する包括的な」、「学生が臨床解剖学への関心を持て」る教科書という目標が(序文から)、はっきりと実体になっている。
臨床医学の事柄も、解剖学のコンテキストで語れるようなことはおよそ含めてしまっている(専門的に過ぎることは別にして)。図版も多数ある。1つの項目が文章で解説されていたら、それに対応する図が必ずあるくらいだ。
日本語の解剖学の教科書で本のボリューム(紙面の総面積)を比較してみると、『解剖学ー分担』、『日本人体解剖学』に次いで3番目になる。前2点はクラシックなプロ向けなので、医学生向けとしては選択肢から外していいだろう。
Amazon.comで最も売れている解剖学の教科書が、『Clinically Oriented Anatomy』(23位)だ (*)。『Gray’s Anatomy for Students』(37位)、『Essential Clinical Anatomy』(60位)がそれに続く。
* 2024年5月2日現在。アトラス、実習書、一般書を除く、医学科向け解剖学教科書で
今回の改訂での大きな変更点は、章の構成が『グラント解剖学実習』と揃えられたこと。解剖学実習の予習で使うときに無用なページ繰りがいらない。
ポリティカル・コレクトネスへの対応も進められた。男女の構造の記載に差違のあった部分、たとえば陰茎と陰核について、同じように詳しく記載されるようになった。図版のモデルの人種も多様になった。「性とジェンダー」、「性転換」の項目が加わった。
『Grant’s Anatomy Atlas』初版から続く手描きの解剖図の多くがこの『臨床のための解剖学』に使われてきたが、大半が新しいイラストに描き直され、残りの多くもレタッチと彩色によって現代的なタッチになった。
『Grant’s Anatomy Atlas』と『Clinically Oriented Anatomy』の歴代の改訂の中で、新しい図には正確さや描写の点で劣るのも紛れていたのだが、そういう図はほとんど、ディテールの豊富なイラストに差し替えられた。
取り上げられている話題の数が多く、臨床関連の話も充実しているので、教員が授業を準備するときのネタ元にも使いやすい。ただし、臨床関連事項については、臨床の資料で裏をとったほうがよい。
例えば、陰部神経の特徴的な経路に関連して、無痛分娩のための麻酔方法に本書では陰部神経ブロックを使うと説明されている。しかし、現在の我が国では硬膜外麻酔が第1選択だ。この第3版では実際の臨床とのずれに対応したか、出産時の麻酔全般についてのクリニカルボックスが別に追加された。
- 日本産科麻酔学会:無痛分娩 Q&A <https://www.jsoap.com/general/painless>
胸部の章をみてみよう。胸部だけでも100ページ以上あるので、扉の目次でアウトラインをつかんでから読み始めた方がよい。
章の初めに概要がある。面倒でもまずここを丁寧に押さえたい。いろいろなよきところに「要点」というまとめが囲み記事になっている。読み落としのチェックに使おう。
図表が豊富で、記載されている着目点も多い。
たとえば、肋骨と横突起との関節面の形の違いを示す図など、他のテキストにはみられない。また、肋間筋の作用について、本書では多くの紙面と図を使って詳しく記載されている。他書では吸気と呼気に簡単に分けるくらいで済まされることが多い。
「臨床のための…」という書名を裏付けているのが、クリーム色の地の「クリニカルボックス」という大きな囲み記事である。従来の版では青い地で「ブルーボックス」と呼ばれていた。
解剖学の範疇で説明できるいろいろな臨床関連事項がここにある。無味乾燥な解剖学ではないので、読むのは楽しい。また、画像解剖や体表解剖にも重点が置かれている。学部生のうちに本書になじんでおけば、臨床に進んでからも役立つだろう。
クリニカルボックスの項目に付いているアイコンの意味がわかりにくいが、本の冒頭に凡例がある。
簡単な発生学、生理学も含まれる。正常な形態を意味づけて理解するのには十分で効果的だ。もちろん本格的な学習には足らないから、それぞれの科目の教科書は別に必要だ。
画像解剖学も含まれる。CTのスライスが模式図と対応づけられていたり、丁寧にアノテーションが付けられていて、読影の練習の役に立つ。
ひとつだけ、関連痛の説明はわかりにくい。『グレイ解剖学』のように収束説でまとめてあったらよかった。
『グレイ解剖学』と比較して考えてみよう。
構成はどちらも同様で、最初の章で系統解剖学が取り扱われ、続く章で局所解剖が記述される。冊子としては『臨床のための解剖学』のほうが『グレイ解剖学』より少し大きいくらいだけれども、『臨床のための解剖学』はそれ以上に情報が多い。
レイアウトに余裕のある『グレイ解剖学』よりも情報密度が高いので息苦しくなりそうだが、文章とそれに対応する図は、すぐ近くにレイアウトされて使いやすい。色分けやアイコンが多用され、学びやすいようになっている。
『グレイ解剖学』にも臨床関連の項目は多いが、『臨床のための解剖学』のほうが豊富だ。一つ一つ読んでいくのが楽しく、解剖学を学ぶモチベーションになる。画像解剖学は『グレイ解剖学』にも『臨床のための解剖学』にも含まれる。『グレイ解剖学』の著者のひとりは放射線科医だし、『臨床のための解剖学』の原著者のMoore氏の最初のキャリアは放射線技師だったという(追悼文より)。
『臨床のための解剖学』には医書.jpの電子版もある。『グレイ解剖学』には電子版のアクセスコードが付属している。
本記事への紙面の写真の使用について、メディカル・サイエンス・インターナショナル様より許諾いただきました(2024年5月7日)。
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