その症状はこう読み解く! 臨床に役立つ神経解剖のツボ

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神経解剖学が苦手で嫌いでしかたがなくなる病態を「neurophobia(神経恐怖症)」というらしい。医学生に罹患のリスクが高い。文献を検索すると、1994年の最初の報告 (1) 以降132件みつかる。世界的な傾向で (2)、縦断研究もあり (3)、神経解剖学の授業の副作用とも考えられる (4)。

  1. Jozefowicz, R. F. Neurophobia: The Fear of Neurology Among Medical Students. Arch Neurol-chicago 51, 328–329 (1994).
  2. Zinchuk, A. V., Flanagan, E. P., Tubridy, N. J., Miller, W. A. & McCullough, L. D. Attitudes of US medical trainees towards neurology education: “Neurophobia” – a global issue. Bmc Med Educ 10, 49 (2010).
  3. Shiels, L., Majmundar, P., Zywot, A., Sobotka, J., Lau, C. S. M. & Jalonen, T. O. Medical student attitudes and educational interventions to prevent neurophobia: a longitudinal study. Bmc Med Educ 17, 225 (2017).
  4. Venter, G., Lubbe, J. C. & Bosman, M. C. Neurophobia: A Side Effect of Neuroanatomy Education? J Med Syst 46, 99 (2022).

みんな、神経解剖学が嫌いなんだな。

ちなみに、ほかの「-phobia」を検索すると、statisticophobia(統計恐怖症)が4件、anatomophobia(解剖恐怖症)とelectrocardiogramophobia(心電図恐怖症)はゼロ件だった。

ほんとうに、みんな神経解剖学が嫌いなんだな。

本書は、そんな神経解剖学のテキスト。前半のパート1が「概論編」で、神経解剖学の概説。後半のパート2が「症例編」で、臨床例のケーススタディになっている。学問のあらましを学んだら、さっそく演習で臨床力を付けようというタイプの教科書だ。

 

もくじ(クリックして全体表示)

Part 1  概論編
Chapter 1 神経系入門
1 神経系の区分
2 神経細胞(ニューロン)の解剖
3 中枢神経系の概観
4 末梢神経系の概要
5 中枢神経系の長経路
6 中枢神経系の体部位局在
7 中枢神経系の動脈供給
8 髄膜
9 自律神経系の概観
Chapter 2 皮質と関連構造
1 皮質の特定領域
2 基底核と関連構造
3 視床の神経核
4 内包
5 運動路
6 感覚路
7 言語回路
8 失語
9 優位半球の高次機能
10 劣位半球の高次機能
11 小脳と失調
12 前方循環系
13 後方循環系
14 脳血管の支配領域
15 頭部の静脈排出路
Chapter 3 脳神経と脳幹
1 脳神経系の概観
2 脳幹から出ていく脳神経系
3 脳神経系の副交感神経成分
4 視覚路
5 視野欠損
6 瞳孔径の交感神経および副交感神経による調節
7 外眼筋
8 眼球運動
9 内側縦束
10 顔面感覚と咀嚼筋 中脳路核(中脳)
11 海綿静脈洞
12 第VII脳神経と顔面神経麻痺の種類
13 第VIII脳神経と第IX脳神経の機能
14 迷走神経の多彩な機能
15 頸部と舌への運動神経支配
16 脳神経の頭蓋底からの出口
17 4のルール
18 延髄の血管支配
19 橋の血管支配
20 中脳の血管支配
Chapter 4 脊髄
1 脊柱
2 脊髄の解剖
3 脊髄解剖の局所的変化
4 脊髄における感覚路
5 脊髄の体部位局在
6 伸張反射
7 上位および下位運動ニューロン病変
8 上位運動ニューロン病変の特徴
9 脊髄への動脈支配
10 脊髄障害へのアプローチ
Chapter 5 末梢神経系
1 末梢神経系における病変の種類
2 腕神経叢
3 腕神経叢の描き方
4 感覚支配とよくみる反射
5 主要なミオトーム
6 腋窩神経(C5,C6)と筋皮神経(C5,C6,C7)
7 橈骨神経(C5‒T1)
8 尺骨神経(C8,T1)
9 正中神経(C5‒T1)
10 腰仙神経叢の描き方
11 股関節の神経と筋肉
12 膝関節の神経と筋肉
13 足関節の神経と筋肉:その1
14 足関節の神経と筋肉:その2
15 末梢神経系の感覚支配図
16 末梢神経系のまとめ
Chapter 6 局在診断入門
1 局在診断アルゴリズム
2 スクリーニング神経診察における筋肉の評価
3 筋肉の一覧
4 局在診断のカギ

Part 2  症例編
症例 1 わけのわからないことだけを喋る72歳女性
症例 2 両足がおかしいと訴える79歳男性
症例 3 瀕死状態の21歳男性
症例 4 うまく喋ることができない71歳男性
症例 5 たくさん飲みすぎた20歳の実弟
症例 6 自分では何も問題のない34歳女性
症例 7 倒れた26歳の女性
症例 8 瞳孔が散大している61歳女性
症例 9 日焼けを感じない39歳女性
症例 10 手根管症候群があると訴える49歳男性
症例 11 一過性脳虚血発作の既往歴がある68歳男性
症例 12 痙攣を起こした55歳男性
症例 13 61歳の男性と心強い妻
症例 14 左眼が見えない39歳女性
症例 15 右足で躓き続ける46歳女性
症例 16 キックボクシングをしていた42歳女性
症例 17 ものが二重に見える31歳女性
症例 18 自尊心の強い32歳男性
症例 19 石のような59歳女性
症例 20 1つのことだけを訴える19歳女性
症例 21 右手に灼熱感がある62歳女性
症例 22 遠方の病院から搬送されてきた21歳男性
症例 23 意識を失った17歳のクォーターバック
症例 24 指がピリピリする51歳男性
症例 25 読むことができない59歳男性

 

原著のタイトルの「Case Closed!」は、「名探偵コナン」の英語版タイトルでもある。いい感じだ。

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神経解剖学の難しいポイントの1つは、際限がなく、どこまで学べば足りるのか、何が重点なのか、わからないことだ。こういうときに、自分のロールモデルにもなるような人がメンターでいてくれると助かる。

本書の著者らは、神経科学のゴリゴリの研究者ではなく、現役の若手神経内科医と、医学教育のコンサル。神経解剖学を臨床に役立つように学びたい人のメンターになるだろう。

 

Warren Berger(写真):カナダのシューリッヒ医科歯科大学神経内科のシニア・レジデント。受賞歴のある講師であり、少人数クラスのインストラクターでもある。医学生や研修医の教育にも携わっており、あらゆるレベルの研修を行っている。

John Berger:カリキュラムの専門家であり、メディカルイラストレーターでもある。医学部のカリキュラムプランニングに携わっていた経歴を生かし、学生を中心とした学習アプローチについて独自の見識を提供している。

 

日本語版のカバーのデザインは、ルビンの壺だ。日本語版タイトルの「ツボ」と掛けているのだろう。リッチで目を引くデザインだ。原著のカバーがスッキリとしているけど素っ気ないのと対称的だ。

 

Case Closed! Neuroanatomy

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パート1は、いずれも見開き2ページのワンテーマになっている。好きなところから読んでも大丈夫。しかし見開きを越えてストーリーが続いていて、ところどころで読者を励まし、緩急が付けられている。いくつか続けて読むのもよい。コンパクトな教科書にありがちな箇条書きではないのがいい。

脊髄の下行路と上行路では、3つだけにフォーカスされている。下行路は皮質脊髄路(錐体路)、上行路は後索路と脊髄視床路だけ。赤核脊髄路もあってとか、脊髄視床路には前と外側があってとかと、際限なく話しが進まないのがいい。

視床の核も、おおきく4つに分類するだけ。「完全な議論は本書の範疇を超える」と早々に見切りがつけられている。

 

長経路は3つだけ。

 

4つに分類

 

パート1の最後は局在診断。ここまでの学びを診断に生かす。障害のレベルの診断から。

 

上位か、下位か

 

動脈の栄養領域を知り、麻痺の範囲を診断して、梗塞部位を推定

 

それでは、本書が症例の学びに役立つか、実際にやってみよう。症例は、「アンメット」第9巻から。

 

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患者は壮年の男性。会社の接待ゴルフ中に頭の中でピシッと何か弾ける感じがあり、間もなくことばがおぼつかなくなってすぐに昏倒してしまった。救急に搬送されて手術を受けることになる。

発語の場面をよくみると、ろれつがまわらなくなったというより、いいまちがい(錯語)のようだ。言語中枢を含む皮質の障害が疑われる。表情に非対称性はみられないし、顎は動いていることから、脳神経の末梢や核ではなさそう。

 

 

処置されたのは、左側頭葉後部の皮質下血腫だ。作中には、CTやMRI画像は提示されていない。

 

側頭葉皮質下血腫除去術を開始します…

 

術後の説明では、左側頭葉後方に傷害があることから推定し、右半身麻痺と失語症と後遺症として残るとされた。

 

失語症と右半身麻痺

 

右半身麻痺が残るとすれば、損傷部位はどこだろう。作中では、右下肢に軽い麻痺があるようだった。血腫の部位は運動野や運動前野からは遠い。内包の後脚が近いだろうか。

 

 

意識回復後の状態から、ウエルニッケ失語症と診断されている。説明には、言語中枢の模式図が使われている。ウェルニッケ野後方の角回のあたりが塗りつぶされていた。

 

 

ウエルニッケ・リヒトハイム図式だ。失語症の診療に重要で有用だ。

 

 

その後、言語聴覚士が加わってリハビリが始まる…

 

言語聴覚士が加わって病状説明

 

パート2の最初の症例が、同様に失語症だ。独居老人が錯語を話しているのを発見された。来院まで少し遅れたために、診察時には症状が進んでしまっていた。状況は「アンメット」の症例より悪いようだ。現症を取って部位診断をしていく。左中大脳動脈の流域の広範な脳梗塞と推定された。

 

病歴

 

現症