Thiel法だから動きがわかりやすい! 筋骨格系の解剖アトラス 下肢編(Web動画付)
運動器の動きにフォーカスした解剖アトラス。2年前の上肢編につづく下肢編である。このあと、頭頸部体幹編が計画されているらしい。
特徴は、生体に近い動きをみるためにThiel固定法が使われていること、81本の動画へのアクセスが冊子体に付属していること。
医学部の解剖学実習で使われる解剖体は、いずれもホルマリン固定されている。解剖学実習は3〜4か月間にわたり、人体の細部まで剖出して構造をおぼえていく。その間の解剖体の保存のために選ばれたのがホルマリンである。ホルマリンは蛋白質を強力に凝固させて構造を安定化させ、微生物を死滅させて腐敗を防ぐ。ホルマリンは毒性が強いために、固定後にエタノールに置換する。
ホルマリン固定の欠点は、軟部組織が硬化し、生体のときの質感が失われることだ。この欠点を避けるための固定法が、Thiel法だ(*)。Thiel法は防腐性・保存性がありながら、ホルマリン固定のような組織の硬化や変色が少なく、固定後も生組織のような柔軟性が保たれる。
* 開発者のドイツ人、Walter Thiel氏から。発音は英語のtealとほぼ同じ
Thiel固定液の特徴は、一般的なホルマリン固定液(37%ホルムアルデヒド水溶液を10倍希釈して「10%」)よりホルマリン濃度が低いこと。その代わりに防腐剤・保存料としてプロピレングリコール、フェノール、亜硫酸ナトリウム、モノホリン、エタノールが加わっている。
- 17.9% プロピレングリコール
- 0.3% フェノール
- 3.9% 亜硫酸ナトリウム
- 3.2% ホルマリン(37%ホルムアルデヒド水溶液として)
- 2.9% モノホリン
- 12.9% エタノール
2014年以降、厚生労働省が日本外科学会・日本解剖学会とともに「実践的な手術手技向上研修事業」を進めてきた。本学でも2019年度に「群馬手術手技研修センター」が設置され、献体された解剖体を用いた外科学の研修が行われている。Thiel法はここでも利用されている。
この下の写真の閲覧にはご注意ください。閲覧して気分が悪くなるなどのおそれがあります。それでも、ご献体された方やそのご遺族の尊厳を大切にしてください。画像の転載はお控え願います。
本書は解剖アトラスだけれども、普通のアトラスとは異なるのが、関節運動を写真や動画で多数みせているところだ。Thiel法がこれを可能にしている。
著者は理学療法士の学校で学生の育成に当たられており、著者が研究生として解剖を学んだ名古屋大の解剖学者が監修した。使われた解剖体の大部分は、80歳台の男性という。加齢による変化はあるものの、筋肉量のよく保たれた遺体が選ばれているようだ。
本書で取り上げられているのは、下肢の構造と運動、体表解剖だ。Ⅰ〜Ⅲ章が各部の運動、Ⅳ章が体表解剖になっている。
各章とも生きている人の体表の写真につづいて、解剖体の写真で軟部組織や骨格の構造が示される。Thiel法で固定されているので、生体のままの色調や質感が保たれている。
浅筋膜、深筋膜はおおむね除去され、筋、腱、靱帯が残されている。Thiel法では固定が弱いために、血管や神経は、大腿三角にある太いものをのぞいて、取り除かれている。
キレイに剖出された筋・腱・靱帯・骨・関節を使って、それらの動きが説明される。
筋や靱帯の作用の判定には、2つの目安が使われている。ひとつは、関節を動かしたときの筋や靱帯の緊張と弛緩。これは、股関節や膝関節のような大きな関節に使われる。もうひとつは、腱を引っ張ったときの動きで、足関節は趾の運動に使われる。
膝関節の前方引き出し徴候など、整形外科の診断で使われる手技のいくつかも、解剖体で検証されている。なお、本書では単に「引き出し試験」とあるが、前十字靭帯損傷の「前方」と後十字靱帯損傷の「後方」が区別される。
Ⅳ章が体表解剖では、骨標本や解剖された標本が使われる。
本書のキモは、実は冊子体ではなく、付属するコードでアクセスできる動画だ。冊子に掲載されている多数の写真は、これら動画のキャプチャーである。誌面では緊張の変化や関節の動きが分かりにくいところがある。しかし、動画で見れば一目瞭然だ。むしろ、誌面でみているうちは全然わかっていなかったと思うくらいだ。
動画を見るのにユーザー登録不要ではあるが、アクセス方法は非標準的でめんどくさい。一度ログインすると一定日数は認証されたままになるはずだが、macOSとiOSのSafariでは数時間で認証切れになってしまった。ふつうにアカウント名とパスワードでユーザー登録できれば、ブラウザに自動的にログインさせられる。ユーザー画面に購入した書籍がリストされるようにしたい。
アクセスすると、まず動画一覧のページが出る。動画をクリックすると、個々の動画をみられる。動画はいずれも2Kのようだ。iPadの画面でも粗なくみられ、ロードもスムーズだ。冊子にキャプチャーを使っていることを考えると、4Kや8Kで記録して、配信向けに2Kに落としたらよかったかもしれない。
動画自体は静かで、室内のバックグラウンドノイズが聞こえるだけだ。解説などの音声は入っていない。動画のページにも、解説はない。動画を見ながら冊子体を参照するのが、本書の使い方になるだろう。ここまできたら、冊子体とウエブのコンテンツをいっしょにしてほしいところではある。
動画でもキャプチャー画像でも、解剖体・標本のオリエンテーション(頭尾、背腹、左右、内側外側など)を掴みにくいのが多々ある。冊子にはカメラの向きが記載されているが、それから被写体の向きをとらえるのも難しいことがある。画像や動画に方向を入れておいたら、みただけでわかるようになるのではないか。(これが学生のスケッチで、オリエンテーションが示されてなかったら、減点だ。)
動画だけを見た人のために、金芳堂の販売ページへのリンクがある。
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