ネッター解剖学アトラス 原著第7版

『ネッター解剖学アトラス』が改訂された。2017年刊の原著第7版に対応する日本語版だ。『ネッター解剖学アトラス』の特徴は:

  • 解剖学上・臨床上の要点を読み取りやすい写実的な水彩画
  • 医用画像と合わせて図が535点と豊富に掲載されている
  • 電子書籍が付属している
  • 継続的にアップデートされている

 

間膜や後腹膜壁の脂肪までリアルに描かれたイラスト

 

今回の最も大きな変更点は、商品構成が変わったこと。「通常版」と「フルセット版」の2つのバージョンがあるのは前版と変わらないが、それぞれに変化がある。

まず、通常版にも日本語と英語原著の両方の電子書籍が付属するようになった(前版ではセット版にだけ電子書籍が付属していた)。

  • 日本語版は、eLibraryで提供され、紙面のままの表示
  • 英語原著は、Student Consultで提供され、リフロー型(画面サイズに応じて表示が変わる)。Student Consult版には、冊子と同じ内容の他に、ボーナス・プレート(冊子に掲載されていない図117点)、選択式クイズ、学習ガイドもある

「フルセット版」にも変更がある。付属する別冊の内容が変わり、ボーナス・プレートの翻訳されたものが追加された。Student Consultに付属する学習ガイドの翻訳もあるのは前版とおなじ。別冊にもeLibraryの電子版が付属する。

電子書籍が充実したのは、とてもありがたい。iPadなら持ち運ぶのも読むのもラクチンだ。

冊子の判型は220×287mmで、USレターやA4に近い。厚さ38mm、重さは2.4kgある。ページを繰るだけでも大変だ。フルセット版だと別冊とケース込みで厚さ62mm、重さ3.78kgになる。(いずれも実測)

加えて教科書や実習書、さらに、困ったときの『イラ解』も持ち運ぶとなると、10kgにはなる。これらがiPad Airに入れば、178.5×247.6×6.1mm、460gである。(『イラ解』はisho.jpなどに電子版がある。)

Mac / WindowsでiPublish Centralアプリを使えば、複数の本を開ける。『グラント解剖学実習』は冊子体しかないが、あとは画面上で学習を完結できる。

 

フルセット版

 

スクラッチコードが冊子の表紙の裏に付属している

 

『ネッター解剖学アトラス』(右下)、『グレイ解剖学』(左上)、『ネッター解剖学アトラス 別冊』(右上)、『フェルソン 読める胸部X線写真』(左下)を同時に

 

内容自体は、前版と大きな差違はない。もっとも大きな違いは「総論」が第1章として追加されたこと。ただし図の数にして7葉だけで、『グレイ』など他の教科書を参照すれば済むことではある。

 

「総論」から

 

以降の構成は、前版とほぼ同じ。新旧を比べながらページを繰ると、新作の図がいくつか加わったこと、医用画像の多くが新しいものに差し替えられたことに気づく。

章末に「臨床的意義」をまとめた表が追加された。図の見どころを復習するのに役立つだろう。

 

医用画像の更新:左が新版、右が旧版

 

エコーが追加:左が新版、右が旧版

 

医用画像の更新:左が新版、右が旧版。3D像の動脈の再現が改善された

 

医用画像の更新:左が新版、右が旧版

 

臨床的意義のまとめ

 

『ネッター解剖学アトラス』の大半のイラストを制作したネッター氏は、もともと外科医でメディカルイラストレーター。製薬会社のCIBA(現ノバルティス)の販促物のために描いたイラストで知られるようになった。それらを再編集し新作のイラスト追加して『ネッター』ができ、ベストセラーになった。生涯で4千点近いイラストを制作したという。

ネッター氏のイラストはいずれも水彩画で、人体内部をリアルに表現している。皮下組織なども描き込まれているので、実習の参考によい。一方で、各々が一点物として独立して制作されているために、連作のイラストで解剖が進むような論理的な表現は難しい。この点は、複数のレイヤーを重ねてデジタルで制作している『グレイ解剖学アトラス』や『プロメテウス解剖学 コア アトラス』のようなCGが有利だ。

アトラスを体系的にアップデートするには、旧作のレタッチや新作の追加が不可欠だ。ネッター氏亡き後も、医学の進歩に合わせて制作が続けられている。作業を引き継いでいるのは複数のイラストレーター。「Netter Images」というアーカイブにはネッター氏を含む4人のアーティストが紹介されている。いずれも、手描きの水彩画を描いている。

新しいアーティストの中で特に多く貢献しているのが、内科医でもあるマシャード氏だ。新旧比べてみると、ネッター氏のイラストが筆致の残るスケッチ的なタッチであるのに対し、マシャード氏のは、細部まで陰影を描き込み、筆跡の抑えられたタブロー的な細密画になっている。

マシャード氏自身による制作解説の動画をみると、鉛筆でまず細密に描き、その上から水彩絵具で彩色している。アクリル絵具ではなく普通の水彩絵具のようだが、巧妙に塗り重ねられている。

立体物の形をとるのに、ノギスとデバイダーを用いている。写真をトレースすればより簡単にできそうだが、計測によってプロポーションを理解することが重要なのだろう。それによって多数の写真を一つの図にまとめ、骨の絵の上に想像で軟部組織を描き足すなどができるのだろう。

 

ネッター氏のオリジナル(左、ボーナス・プレートから)と、差し替えで冊子に掲載されたマチャード氏の新作(右)

 

 

言論の世界では、事物の新しい見方や考え方を「新しい切り口」と言ったりするけれども、他のアトラスにはみられない、まさに「新しい断面と構造の追求」を見せたイラストもある。

翼口蓋窩は、他のテキストでは外側面や内側面から描かれることが多いが、上顎骨など前顔面を切り取った視点を見せた図がある。神経や動脈のつながりがよくわかる作品だ。

 

 

翼口蓋窩を前から見る

 

時代に合わせ、ポリティカル・コレクトネスにも対応し、複数の人種がモデルになっている。

 

黒人女性が描かれたイラスト(右)

 

別冊の学習の手引きは、箇条書きと表による解剖学のまとめ。復習に役立つかもしれない。

 

別冊の学習の手引き

 

原著は近く第8版に改訂される。対応する日本語版の刊行が早まると良いが(日本語版のすぐあとに原著が改訂されるのはちょっと残念)。

 

ネッター氏の作品はアトラスで見ることがほとんどだけれども、元になった製薬会社の販促物では、症状や転機などの「情景」を描いた作品が少なくない。また、医療や医学の日常や自身の家族を描いた作品もあり、ユーモアがあったり、ほほえましかったりする。アメリカの「グッド・オールド・デイズ」というような作品だ。

ネッター氏の12歳上のイラストレーター、ノーマン・ロックウエルに少なからず影響を受けているのではないか。

Norman Rockwell, 1958, Doctor (Wikiart)

 

ネッター氏の生涯については、娘による伝記がある。

 

 

ネッター氏のイラストのコレクションもある。セットは冊子体だけだが、バラならKindle版もある。

アメリカの医学生の例。アトラスには『ネッター』と『ローエン / 横地』、大学提供のオンラインの『プロメテウス』を使った。