Essential細胞生物学 原書第5版
20年以上続く細胞生物学のテキスト。改訂毎に楽しみなのが、装丁である。第4版はグスタフ・クリムトのような装飾的でシックなデザインだったが、第5版はエスニックなハデハデである。チャイハネの店舗にあっても馴染みそうだ。
そして裏表紙。著者らの群像があるのだが、ビートルズのアルバムアートを模していて、改訂毎に異なる。今回は「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だった。ネタ元よりも派手なデザインだ。
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
親本である『細胞の分子生物学』が先にこのトレンドを作った。執筆のために著者らが集合した家の近くに「アビイ・ロード」で有名な横断歩道があったかららだという。
『細胞の分子生物学』の筆者らが集合した家
「アビーロード」の横断歩道
- Essential細胞生物学
- 第1版 1998:ウィズ・ザ・ビートルズ(日本語版にはなし)
- 第2版 2003:(なし)
- 第3版 2009:ヘルプ!
- 第4版 2013:ハード・デイズ・ナイト
- 第5版 2019:サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
- 細胞の分子生物学
- 第1版 1983:(なし)
- 第2版 1989:(なし)
- 第3版 1994:アビイ・ロード
- 第4版 2002:サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
- 第5版 2008:リボルバー
- 第6版 2014:プリーズ・プリーズ・ミー(1967 – 1970 かもしれない)
ビートルズの解散前のオリジナルアルバムは全部で12枚、ベスト盤が2枚。うち「The White Album」は真っ白なので使えない。残るは「ラバー・ソウル」、「イエロー・サブマリン」、「レット・イット・ビー」。「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」はすでに2回目。『Molecular Biology of the Cell 7E』の発売が近いらしいが、どうなるだろう? ネタ切れ後はローリングストーンズだろうか。U2かKISSかSplit Enzでもよい。
表紙のグネグネ模様は、Alden Masonというアーティストのsqueeze bottle paintという技法をリスペクトしたらしい。各部が本の内容を象形している。どれが何かは、目次をみて確かめよう。
本のカバーを外しても同じものが表紙に描かれている。ブックバンドで持ち歩いていたら(いまどきそんな学生はいない。そもそも『Take Ivy』内にもいなかった)、何を読んでいるのか隠しようがない。
そこそこ大型のテキストだ。『グレイ解剖学』第4版の全紙面面積を「1グレイ」とすると、『Essential細胞生物学』第5版は、0.63グレイ。『解剖学講義』や『標準生理学』と同じくらい。第2版以降は改訂してもページ数は一定だ。改訂毎に全面的な見直しが行われ、取捨選択されてきたことがうかがわれる。
大学の授業では、『細胞の分子生物学』のほうが教科書ないし参考書として指定されやすい。しかし『細胞の分子生物学』のボリュームに履修生は圧倒されるだろう。代わりにこっそり『Essential細胞生物学』を使うというのもよさそうだ。
なお、本学医学科の現在のカリキュラムでは、本書が指定されていた「細胞生物学」の授業がなくなった。良書をムリにでも読まされるチャンスがなくなっているともいえる。
内容をみてみよう。
まえがきは、ぜひ読んでおきたい。細胞生物学を学ぶ意義が、ここに集約されている。
知識を身につければ、市民として、また地球号の乗組員として、(中略)ますます複雑になっていく問題について、十分に情報を得たうえで判断する力が備わることになる。
昨今、意義がキチンと語られないまま物事が進められて危うくなったり、リテラシーを身につけていたら取り憑かれずにすむ程度の「デマ」に煩わされたりすることが多い。よく学ぼう。
見出しが短文になっている。もくじで見出しを眺めるだけで、本の骨子を掴むことができる。本文は余白が大きくとられ、目に優しく読みやすい。図は明解で、美しい顕微鏡写真もおおい。本文に関連したクイズがときどきでてくる。
このあたりは、親本の『細胞の分子生物学』を継承している。『ストライヤー生化学』とも同じだ。
パネル記事がいくつかある。それぞれ基本的な事柄がワンテーマで数ページにまとめられている。またカバーの折り返しにはコドンや単位の表がある。カバーを外せば本文を読みながら参照できるので便利だ。
また「解明への手がかり」という記事もいくつかあって、細胞生物学上のいまは常識になったことがらがどのように解明されてきたかがまとめられている。単なる暗記ではなく、よりリアリティーのある科学をうかがい知れて興味深い。
第17章「細胞骨格」を見てみよう。
階層的・構造的な文章で全体が構成されている。冒頭で概要が述べられ、続いて各論へ話が進む。段落はいずれも最初の1文にテーマがあり、その後に詳しい説明がある。各論といっても委細に立ち入り込み過ぎていない。例えば同系の分子には少なからず、アイソタイプやら何やら、名称にプロフィックスやらサフィックスやらがついた多くの遺伝子や遺伝子産物があるものだが、そういうのは最小限だ。例えば、キネシンなら非常に多くの種類があるが、本書には「キネシン」とあるだけだ。
一方で、遺伝子や分子の異常による疾患が適宜紹介される。これによって、分子の機能がよりはっきりと印象付けられる。
章末には「まとめ」、「キーワード」、「章末問題」があり、学習を助けている。
2018年、本書の原著は『細胞の分子生物学』の原著などの主要なタイトルとともに、Garland ScienceからW. W. Norton & Company, Incに譲渡された。Garland Scienceは現在はTaylor & Francis Groupのシリーズの1つに名を残している。
本文中に動画へ参照があり、動画はNortonのサイトで提供されている。無料だが要登録で、有効期間は登録後360日間。電子書籍(英語)などは有償。しかも、やっぱり有効期間360日。授業期間をよく考えて(場合によっては再試期間も考慮して)登録をスタートしよう。
エルゼビア社のように冊子に付属する電子版は無期限であってほしい。
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