診察日記で綴る あたしの外来診療
著者は文学賞かTVドラマ化を狙っているにちがいない。
『著者に「女性になりきって診療日記を書く趣味がある」』という「設定」で、日記形式で診断学の症例が綴られている。実際には著者にそんな趣味はないし、何らかの自験例を参考にしたとはいえ、症例はいずれもフィクションだ。この構造は『土佐日記』と等価と考えられる(*)。
* 土佐日記の女性仮託という方法が意味するもの : その文学史的位置づけの再考に向けて
著者がなぜ「女性仮託」の形を選んだかは明らかにされていないけれども、「事実をヒントにした虚構をつぶさに描くことによって却って真実に迫る※」という、文学的な方法論によって、診療の本質を垣間見せている。
※ 江頭敦夫(江藤淳)は1979年頃の東京工業大学の講義「事実・虚構・真実」(出典元みつからず)で、明治天皇崩御に際する乃木希典将軍の殉死の遺書、乃木殉死の5日後に発表された森鴎外の『興津弥五右衛門の遺書』、大正3年から『先生の遺書』として連載の始まった夏目漱石の『こゝろ』、さらに下って大正11年に発表された芥川龍之介の『将軍』を対比し、それぞれによって描かれた「明治の精神」の人間像を論じた。同様の論考が小瀬千恵子によってなされているが(「乃木殉死をめぐる文学」論究日本文學. 43: 39-48. 1980)、江頭の講義への言及はない。
本書の「あたし」は、産婦人科医から総合内科の研鑽を経て生殖補助医療の第一人者になるも、スキャンダルで一時隠遁、時を経て都内で小さな診療所を営むようになった。68歳女性。診療所のドアにはこう掲げられているという:
治してあげられないかもしれませんが、何回でも診ます。それでもよろしければどなたでも、どうぞ
そういうわけで、主人公は唯我独尊の人である。Dr. Houseのようなものだろうか、診断学をやるとそうなりがちなのだろうか。そして話題も口調も主人公の年齢なり(68歳)ではなく著者が透けてみえる(⁑)。著者が設定になりきれていない感じも土佐日記と同じだ。劇中劇のように、著者の他の著作が言及されることもある。
⁑ フジロックの話題が出てくる。「rockin’on」誌を始めた渋谷陽一・松村雄策が現69歳、橘川幸夫が71歳、岩谷宏が79歳、日本人として初めてビートルズと会見した星加ルミ子が81歳、そして、そのビートルズの来日(1966年)のときに「あたし」はちょうど厨二病にかかっていそうだから、それが完治していなければありえる話ではある。
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綴られた症例は11。器質なのか心因なのかもハッキリしないのばかりだ。たとえば、最初の症例。食べられているけれども空腹感がないという、主訴にしていいのかどうかもよくわからないことを訴える。ひとつの症例に、10〜数十回の再診が記載される。エピソード6にだけ、皮膚の症状の写真が掲載されている。この写真は実際の症例からのものらしい。
ひとつ、この本には仕掛けがある。これは冊子体を買って楽しんだ方が良さそうだ。今日はエイプリルフールだ。
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