イラストレイテッドカラーテキスト 神経解剖学 原著第5版
2014年刊“Neuroanatomy: an Illustrated Colour Text 5E”の日本語版。表紙は拡散テンソル画像をもとに描かれたイラスト。神経解剖学者にはよほどインパクトがあったのか、神経解剖学書の表紙の流行りだ。
前版は2008年の『神経解剖カラーテキスト 第2版』(医学書院)で、原著第3版の翻訳だったから、原著第4版をスキップした9年ぶりの改訂になる。
また、この版から日本語版にも電子書籍が付属するようになった。(原著は第3版にも電子書籍が付いていた。)
神経解剖学や神経科学は、隅々まで記載しようとすればキリがない。専門家向けのテキストならそれでよいが、初めて学ぶ学生には大変だ。また、どの大学の医学部でも、神経解剖学に割り当てられた日数は、そういうテキストをカバーするには足らない。
医学部向けには、神経解剖学と神経科学、さらに臨床のトピックをじょうずにまとめた教科書が求められる。本書のターゲットはそこにある。分量は少なめで、価格も他の医学書に比べると安い。ただし、後述するように、序文に宣言された意図に反して、説明文に極めて難解な部分がある。
電子書籍が付属する
本書には日本語版と英語原著の2つの電子書籍が付いてくる。日本語版はeLibraryで提供されていて、紙面のままのPDF。英語版はStudent Consultで提供されていて、本文の他に練習問題と脳MRI画像が付録で付いている。いずれも図の品質がよく、iPadできれいに表示される。文字も読みやすい。
電子版が提供されている日本語の神経解剖学のテキストは、他にはM2PLUSの『神経解剖学講義ノート』くらいかもしれない。
原著第3版からの改変
原著第5版では、図の多くが描き直された。原著第3版の稚拙な描写がなくなり、情報量が増えて、わかりやすさが改善された。文章も大半が更新され、誤りが正された。
説明文は難しい
臨床にいってからも役立つように工夫がある。第1章には神経学的診察法がまとめられている。また、伝導路などの説明では、障害が生じたときにどういう所見になるか、イラストで表現されている。症状を視覚的に理解できる。便利そうだ。
ただし、わかりやすさという点では、他書にゆずる点はあるようだ。皮質脊髄路と辺縁系とで、方向性の異なるテキストと比べてみよう。豊富な症例が特徴の『ブルーメンフェルト』と、神経科学までスコープが広げられている『臨床神経解剖学』を用意した。
皮質脊髄路
本書『イラストレイテッドカラーテキスト 神経解剖学』は他の多くのテキストと同じく、横断図を重ね、曲線でつないで伝導路を表現している。一つの図には一つの伝導路が描かれる。伝統的な表現方法だ。原著第3版の図では伝導路の色分けにポリシーがなくバラバラで見づらかったが、原著第5版では上行路は寒色、下行路は暖色に揃えられた。
『ブルーメンフェルト』も同様で、色分けも揃っている。横断の描き込みはより細かく写実的。落ち着いた色調が眼に好ましい。
これらに対して、『臨床神経解剖学』はより立体的で、経路のボリュームもわかる。経路の量的関係(例えば外側皮質脊髄路と前皮質脊髄路)が一目でわかる。
辺縁系
辺縁系は関係する部位や投射が多く、整理して説明するのが難しいところだ。脳内の立体的な形状も捉えにくい。
『イラストレイテッドカラーテキスト 神経解剖学』は、その意図に反して説明文に難解なところがある。観念的形而上的レトリックに目がくらむ。序文に宣言された本書の「直截に記述する」が実現されているとはいえない。
言葉使いが独特で、簡単なことを難しくいうわりに、ちゃんと定義されてないことがある。たとえば、辺縁系の説明で飛び出した「感覚モダリティ」とは何だろう? 電子版を使って全文検索すると、だいぶ前の方で「感覚の種類」と括弧書きで注釈されているのがみつかる。「種類」を敢えて「モダリティ」と表現した意図はわからなかった。「空間視覚」は「空間知覚」のタイプミスのようだ。だとしても、「単純化」の前の「ホメオスタシス」からどうつながっているのか?
『ブルーメンフェルト』では機能を先に4つ挙げ、それぞれの担当部位ごとに話が進む。ただし図が少なめだ。辺縁系が脳の中でどういう形をしているか、脳の表面からみた図しかなくて捉えにくい。
『臨床神経解剖学』は、辺縁系を構成する要素と形から説明が始まる。図が立体的で透視図もあるので、形を捉えやすい。形態の説明に続いて神経科学的な機能や仕組みまで説明が続く。
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