診察日記で綴る あたしの外来診療

著者は文学賞かTVドラマ化を狙っているにちがいない。

『著者に「女性になりきって診療日記を書く趣味がある」』という「設定」で、日記形式で診断学の症例が綴られている。実際には著者にそんな趣味はないし、何らかの自験例を参考にしたとはいえ、症例はいずれもフィクションだ。この構造は『土佐日記』と等価と考えられる(*)。

* 土佐日記の女性仮託という方法が意味するもの : その文学史的位置づけの再考に向けて

著者がなぜ「女性仮託」の形を選んだかは明らかにされていないけれども、「事実に基づく虚構をつぶさに描くことによって却って真実に迫る」という、文学的な方法論によって、診療の本質を垣間見せている。

本書の「あたし」は、産婦人科医から総合内科の研鑽を経て生殖補助医療の第一人者になるも、スキャンダルで一時隠遁、時を経て都内で小さな診療所を営むようになった。68歳女性。診療所のドアにはこう掲げられているという:

治してあげられないかもしれませんが、何回でも診ます。それでもよろしければどなたでも、どうぞ

そういうわけで、主人公は唯我独尊の人である。Dr. Houseのようなものだろうか、診断学をやるとそうなりがちなのだろうか。そして話題も口調も主人公の年齢なり(68歳)ではなく著者が透けてみえる(⁑)。著者が設定になりきれていない感じも土佐日記と同じだ。劇中劇のように、著者の他の著作が言及されることもある。

⁑ フジロックの話題が出てくる。「rockin’on」誌を始めた渋谷陽一氏・松村雄策氏が現69歳、橘川幸夫氏が71歳、岩谷宏氏が79歳、日本人として初めてビートルズと会見した星加ルミ子氏が81歳、そして、そのビートルズの来日(1966年)のときに「あたし」はちょうど厨二病にかかっていそうだから、ありえる話ではあるけれど。

綴られた症例は11。器質なのか心因なのかもハッキリしないのばかりだ。たとえば、最初の症例。食べられているけれども空腹感がないという、主訴にしていいのかどうかもよくわからないことを訴える。ひとつの症例に、10〜数十回の再診が記載される。エピソード6にだけ、皮膚の症状の写真が掲載されている。この写真は実際の症例からのものらしい。

ひとつ、この本には仕掛けがある。これは冊子体を買って楽しんだ方が良さそうだ。今日はエイプリルフールだ。

 

11の症例

 

エピソード1:空腹感の欠如?

 

エピソード6:皮膚の現症

 

仕掛け