感染制御の基本が分かる微生物学・免疫学 第2版
微生物学、免疫学、感染制御がひとつにまとまったテキストが改訂された。旧版はCOVID-19のパンデミックが始まったばかりの2020年10月にでた。専門外ゆえ忘れかけていた情報をタイムリーにゲットでき、大変助けられた。
本書に惹かれるきっかけになった、京楽堂さんによる表紙の消しゴムハンコは、第2版でも引き継がれた。微生物が消しゴムハンコのモチーフになることに驚いた。パンデミックでなにかとザラつきがちだったところ、「Oh baby, just you shut your mouse…」といわれていたのかもと、いまふり返れば思う。
第2版では、パンデミックを経て古くなった情報をアップデートしたという。


医学部の授業では、微生物学は解剖学と並んで嫌われがちな科目だ。どちらも暗記科目と思われている。免疫学もややこしさで敬遠されがちだ。
本学の現カリキュラムでは、細菌学、ウイルス学、免疫学が独立した科目になっていて3年生が学ぶ。シラバスのとおりに教科書を揃えると3冊になる。いずれも良書とされるけれども大部で、合わせると1,700ページを超える。
こういうときには、あらかじめ簡単な薄い教科書を使って、科目全体を見渡しておくと効率的だ。といっても、箇条書きで要約がならぶタイプの本を選んでしまうと、情報が高密度すぎて消化不良になりがち。ストーリーがあって、読んで楽しいのを使いたい。
『感染制御の基本がわかる微生物学・免疫学』は、看護系・医療検査系の学校向けのテキストだ。微生物学・感染症学・免疫学が一体になっている。学問としては別々だし、大学内でも違う研究室・部署になっているけれども、ホストとパラサイトの界面をそれぞれ違う方向からてみているだけだ。一つの学問を語ればいつの間にか他の学問の話になっていたりする。
本書を読むひとが学びやすいよう、いろいろ便利な工夫がこらされている。
全体が大きく、感染症の基本編、病原体の各論編、感染症の臨床編、の3つのパートに分かれている。それぞれにベースカラーが振り分けられ、ページのアクセントに使われている。読みながらどこを読んでいるのか自然と分かる。
重要なところにはあらかじめアンダーラインが引かれている。看護師国家試験に頻出のポイントからこれが選ばれている。マーカーを使うのが苦手なひとには安心だ。そういうエビデンスがある(↓)。
- 研究によると、マーカーをただ引くことに効果は期待されない(1)、ヘタなマーカーは逆効果(2)、教師の引いたマーカーのほうが効果ある(3)、と報告されている
- Mason, Lucia, Angelica Ronconi, Barbara Carretti, Sara Nardin, and Christian Tarchi. 2024. “Highlighting and Highlighted Information in Text Comprehension and Learning from Digital Reading.” Journal of Computer Assisted Learning 40 (2): 637–53. https://doi.org/10.1111/jcal.12903.
- Silvers, Vicki L., and David S. Kreiner. 1997. “The Effects of Pre‐existing Inappropriate Highlighting on Reading Comprehension.” Reading Research and Instruction 36 (3): 217–23. https://doi.org/10.1080/19388079709558240.
- Ponce, Héctor R., Richard E. Mayer, and Ester E. Méndez. 2022. “Effects of Learner-Generated Highlighting and Instructor-Provided Highlighting on Learning from Text: A Meta-Analysis.” Educational Psychology Review 34 (2): 989–1024. https://doi.org/10.1007/s10648-021-09654-1.
院内感染症で重要になる病原体には 重要! アイコンがある。注釈は ★側注 (注)としてすぐ横にあり、ググったときにちゃんとした情報を選べるよう 検索 アイコンがある。詳しい説明が他のベージにあるときには ●参照 で示される。
(注)出版業界ではページの左右に注釈を入れること。医療業界では点滴ラインを分岐させて別の薬剤を一時的に注入すること。


章末にはチェック問題がある。重要なのに見落とされがち、誤解されがちなポイントが突かれている。

イラストが簡明な線と優しい色調で描かれている。検鏡して病原体を同定するようなミッションには向かないが、それは他にテキストがあるし、ネットを検索すれば画像が見つかる。本物の生の色調(葉緑体以外だいたいは無色透明)や染色された色(色素による)とは違っているので、そこは注意。

「感染症の基本編」は、微生物学・免疫学の歴史から始まる。歴史といっても年表を暗記させようというのではなく、今ある学問やものの見方の背景を知るためのものだ。


新型コロナウイルス感染症のパンデミック後のテキストらしく、感染経路、飛沫感染、飛沫核、パンデミック、罹患率といった言葉が押さえられている。消毒法や抗菌薬のまとめも実用的だ。

免疫学はベーシックながら、必要十分な情報がある。体液性免疫と細胞性免疫を忍者とプロレスラーで例えながらも、重要な因子や細胞の名称が整理されている。ノーベル賞にもなった、樹状細胞やレギュラトリーT細胞もある。
第2版では、「はたらく細胞」がコラムでとりあげられた。本書と見比べながら読むと、双方をより楽しめる。



2020年以降の変更がいろいろ反映されている。
新型コロナウイルス感染症は、指定感染症→新型インフルエンザ等感染症→五類感染症と変更されていった。また、Hibワクチンは5種混合ワクチンに含まれるようになった。


初版では個人用防護具(PPE)の着脱の説明は急ごしらえっぽかったが、改訂されてページが増し、ていねいに説明されるようになった。新型コロナウイルス感染症の治療薬もアップデートされた。

微生物学では「各論」が大きなハードルになっていて、膨大な数の病原体を暗記していく学び方になりがちだ。「細菌の表をとりあえず覚える」ことが課されることもあるだろう。
本書の「病原体の各論編」にも多くの微生物が記載されているけれども、それぞれに特徴的なエピソードが語られ、イラストや写真もあって、印象に残りやすい。そもそもひとは、そのように学んでいくものなのだ。食材を煮るときによくかき混ぜるのは芽胞対策でもあるなど、知っていたら実生活の役にも立つエピソードだ。
重要な感染症であっても、日本では症例が少なく、専門家でもめったに出会わなくなったのもある。それがどういう臨床像を示すのか、エピソードで覚えておいたら後に役立つこともあるだろう。例えば破傷風はかつて年間1,000〜2,000例以上の届け出があったが、ワクチン接種が進んだ現在は100例超になった。
ペストは日本では1927年以降発生がないが、現在でもアフリカ、南北アメリカ、アジアで患者が報告されている。カミュの小説『ペスト』や、薬剤耐性を獲得したペスト菌によるパンデミックを描いた『リウーを待ちながら』を読むとき、本書で学んでおいたらそれらの作品をより楽しめるはずだ。旅行先で注意もできる。



ここにもコロナ以降のアップデートがある。たとえば、インフルエンザウイルスの株のひとつが絶滅したかもしれないという報告。たしかに、コロナのはじめの数年間はインフルエンザが激減していた。
「感染症の臨床編」では、感染症が臓器別に概観される。いまもインフルエンザやCOVID-19の流行は起きているけれども、実際の臨床はそればかりではない。全体を俯瞰しておくことが大切だ。また、院内感染を理解しておくことが重要になる。

付録にある、感染症を時期と地域でまとめた資料が便利だ。インバウンドが増えた現在では、世界的な感染症の分布を知っておくことがますます重要になるだろう。

コロナ後のアップデートは著者自身にもあったようだ。著者近影では、OM-Dに40-150mmを付けた姿がある。初版後に前職を退職され、いまは写真に嵌まっておられるらしい。インスタに発表されているネイチャーフォトが美しい。
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