カラー図解 人体発生学講義ノート 第3版

『人体発生学講義ノート』は、人体発生学に発生生物学や臨床事項が取り入れられた発生学のテキスト。今回改訂されて第3版になった。初版が2015年だったから、ちょうど10年目だ。発生学の教科書では改訂のサイクルが早い。
著者が京都大学で担当されていた「発生と遺伝」という授業が本書の原型である。実際の授業に基づいていたので、消化不良になるほどの分量ではないのが好ましい。初版は251ページ、第2版が272ページ、この第3版が281ページ。数%ずつページ数が増えてきたが、それでも厚さ13ミリと薄く、類書と比べて安価だ。
今回の改訂の主な変更点はつぎのとおり:
- 全体の見直し
- 発生異常、循環器系、神経系の増強
- 数値データの更新

序文
著者は京都大学在任中に、Kyoto Collectionを永く整備・維持されてきた(1990〜2008年センター長)。今日、ヒトを材料にした発生学の研究は、どこででもできるわけではない。ヒト胚コレクションが、世界的にも限られているからだ。そのうち最大のが、京都大学にあるKyoto Collectionで、今も研究に供されているのはここだけだ。その一部はApple BooksのKyoto Embryo Collectionでみることができる。
本書には、そのKyoto Collectionからの画像がふんだんに使われている。
人体発生学の教科書の多くでは、出所のハッキリしないイラストが少なくない。他所の成書を継承しているうちに原典が不明になっている。改訂のときに古い図をトレースして構造を壊してしまったなんていうのもある。
対して、本書の図の多くはKyoto Collectionからのデータに支えられ、実際にその写真が紙面にある。他の人体発生学の教科書には真似のむずかしいポイントだ。特に、初期胚の画像はとても貴重だ。一般に通用してしまっている誤りも、実際の標本に基づいて正されており、信頼がおける。安心して学べるだろう。
A4の紙面に図がゆったりとレイアウトされ、見出しなどにカラーのアクセントが入っている。美しく読みやすい。

着床したばかりの16日胚の写真。同じ写真が『ムーア人体発生学』にも使われている。
順にみていこう。前半の1〜9章が、総説、発生の概要、発生異常のまとめだ。
総説では、系統発生と個体発生といった発生学の歴史にはじまり、発生機構の解明に進む。

系統発生と個体発生
発生生物学の成果も取り入れられている。誘導現象、ゲノム重複、ツールキット遺伝子など、基本的な概念が説明されている。ツールキット遺伝子の表が便利だ。授業で遺伝子が出てきたときに参照できる。

ツールキット遺伝子の一覧
続く章が、初期発生から胎児期までの概要だ。最初期の発生のところをみてみよう。
各章の冒頭は、地色がミドリになっていて、その章で学ぶことのまとめになっている。ここをおさえておけば本文を読みやすいし、復習にもつかえるだろう。
本書のイラストは、いずれも簡略な彩色線画。すっきりと目に優しい。模型的な図や顕微鏡写真も使われ、形の変化が分かりやすい。神経管や体節の誘導因子など、基本的な分子機構の解説も適宜おさえられている。
授業で分子がでてくると敬遠する学生は少なくないけれど、こういうところでShh、Wnt、BMP、Paxなど、ツールキット遺伝子になじみになっておきたい。

初期発生(3章)

体節の発生の分子機構(5章)
胎児期の発生では、Kyoto Collectionの胎児のマクロ写真が活用されてくる。

胎児のマクロ写真(6章)
前半の最後が発生異常だ。発生異常が系統的に記載されている。今回の改訂で増強された部分のひとつだ。
冒頭にあるまとめの表が便利でわかりやすい。発生異常はとても多様なので、こうしたまとめに適時立ち返って読み進めるとよい。

発生異常のまとめ(9章)
各章の章末には、復習問題がある。CBT形式の5択だ。CBTには発生学からも出題されるから、練習しておこう。もしネット上にこういう練習問題がたくさんあったりしたら、試験対策にも出題にもつかえるなあ。

CBT形式の章末問題
後半の10〜19章は、系統ごとの器官発生。今回の改訂で補強されたのが循環器系と神経系だ。いずれも発生異常の多い器官で、CBTへの出題も多い。そのあたりも追補されている。
心臓の発生では、1次心臓野・2次心臓野のストーリーは採用されていない。
- Kelly, Robert G., Margaret E. Buckingham, and Antoon F. Moorman. 2014. “Heart Fields and Cardiac Morphogenesis.” Cold Spring Harbor Perspectives in Medicine 4 (10): a015750. https://doi.org/10.1101/cshperspect.a015750.
- Moorman, Antoon F.M, Vincent M Christoffels, Robert H Anderson, and Maurice J.B van den Hoff. 2007. “The Heart-Forming Fields: One or Multiple?” Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences 362 (1484): 1257–65. https://doi.org/10.1098/rstb.2007.2113.
ロンボメア、咽頭弓、脳神経とツールキット遺伝子とのまとめは、試験に出題しやすいポイントだ。それだけでなく、解剖学実習で頭頸部を解剖するときにも、知っているのといないのとで理解の深みが違ってくるだろう。

大血管の発生異常

頭頸部の分節の分子機構
本書では、四肢発生が独立した章になっていない。運動器系のなかの1ページの囲み記事になっている。他のテキストではひとつの章になっていることも多いし、系統発生のネタにもなる。
しかし、記事がよくまとまっていて、医科で学ぶ発生学としてはこれで必要十分ともいえる。情報密度が濃くて読みにくかったら、他の本にあたろう。Nature系列誌に総説もある。
- Petit, F., Sears, K. E. & Ahituv, N. Limb development: a paradigm of gene regulation. Nat. Rev. Genet. 18, 245–258 (2017). doi: 10.1038/nrg.2016.167

四肢発生のまとめ
まとめ
- 記述発生学、発生生物学、発生異常を含む
- コンパクトで学びやすい
- 京都コレクションに基づく図や記述に信頼がおける
- 章末の5択問題が学習に便利
本記事への紙面の写真の使用について金芳堂様より許諾いただきました(2025年2月28日)。
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