Gray’s Anatomy for Students, 5E
『グレイ解剖学』の原著が改訂されて第5版になった。日本語版もいずれ改訂されるだろうが、さきにみておこう。あるいは解剖の勉強と一緒に医学英語も身につけるなら、授業のテキストにも使っていこう。(本稿の筆者は医学生の時にそんなふうにしていた)
まとめ
- Grayブランドのベストセラー
- 臨床医学や画像解剖学と関連する話題が豊富
- 美しいイラストと、見やすいレイアウト
- 電子版付属
表紙に2つの解剖図と3DCTで正常と病理像がある。本書で画像解剖学と臨床がフィーチャーされているのを物語っている。著者3人の内、2人は解剖学者、1人は放射線科医だ。
- Richard L. Drake, PhD, FAAA
Professor Emeritus of Surgery, Cleveland Clinic Lerner College of Medicine, Case Western Reserve University, Cleveland, Ohio, USA - A. Wayne Vogl, PhD, FAAA
Professor of Anatomy and Cell Biology, Department of Cellular and Physiological Sciences, Faculty of Medicine, University of British Columbia, Vancouver, British Columbia, Canada - Adam W.M. Mitchell, MB BS, FRCS, FRCR
Consultant Radiologist, Director of Radiology, Fortius Clinic, London, United Kingdom
(PhD = 博士、FAAA = 米国解剖学会フェロー、MB BS = 医学士・外科学士、FRCS = 王立外科医師会フェロー、FRCR = 王立放射線科医師会フェロー;フェローは、一定の業績を持つ会員に与えられる称号)
局所解剖に沿った肉眼解剖学を軸に、臨床医学や画像医学とつながるように企画されている。発生学が最初の章の概説に少しある。生理学や生化学は含まれない。これらまで含むとボリュームが膨らむばかりで質が低下する上、他によい教科書がある、との理由だ。イラストはこれまでと同様、スッキリとしたコンピュータグラフィックスで、R. Tibbits氏とP. Richardson氏の作品。
本書にはeBooks+の電子版が附属している。
原著第5版での更新の筆頭は、ポリティカル・コレクトネスへの対応。多様性と包括性を拡大し、ノンバイナリーな要素を図版や文章で適応したという。『臨床のための解剖学』も同様だけれども、こうした対応は医系のテキストでも進められているようだ。
本書の序文はあからさまな表現にはなっていなくて、日米の環境の違いもあってわかりにくいので、ChatGPT 4oに文脈を読み取ってもらった上で用語を説明してもらった。
- 多様性(Diversity): 様々な背景、文化、人種、性別、性的指向、年齢、障害、宗教などを持つ人々を尊重し、認識すること
- 包括性(Inclusion): 多様な背景を持つ人々が平等に参加し、受け入れられ、尊重される環境を作ること
- 非二元的ジェンダー:男性でも女性でもない、またはその両方の性質を持つ、あるいはそのいずれでもないと自認する人々を指す
第4版までに進められてきた改善は、第5版でも継続されている。
- 増え続けるコンテンツに対処するために、紙面にあった一部の内容を電子版に移動
- 臨床関連の囲み記事とそれに使われる臨床画像の増強
- 電子版の増強
コンテンツの増大は、解剖学全体を包含するタイプの医学生向けテキストでは重大な問題だろう。実際、その代表の『Moore’s Clinically Orieted Anatomy』、『Grays’ Anatomy for Students』はいずれも、プロ向けのテキスト『Gray’s Anatomy』の6割ほどのボリュームになっている。
『Gray’s Anatomy for Students』では、一部のコンテンツが冊子から電子版に掃き出されている。『Moore’s Clinically Orieted Anatomy』に比較して『Grays’ Anatomy for Students』はゆったりしたレイアウトで情報密度が低いけれども、電子版も含めればコンテンツは同程度に豊富だ。
- 神経解剖学
- 臨床症例
- 自己学習用のコンテンツ
では、冊子体をざっとみていこう。
第1章は総論。主な系統がここで概説される。画像解剖学と発生学の概要もここにある。発生学はフルセットではなく、靱帯の正常な形態を理解するのに十分なだけだ。
第2章以降が局所解剖学で、本書の根幹を成す。章の順番はおよそ解剖学実習の順番になっている。本書を解剖学実習の予習に使えば、実習で学ぶべきことを見おとさないですむ。
各章の扉で構成のあらましをつかもう。胸部の章をみていく。
概観から始まり、局所解剖、臨床症例と続く。詳しさが層状になっているので、概観までをまず読み通す使い方もいいだろう。電子版にあるコンテンツも、ここにリストされている。
概観(Conceptual overview)では、リアリティーのある模式図が多用され、章のカバーする部位の構造のあらましをビジュアルに把握できる。同じ話が章の後半で詳説されるが、はじめからディテールに踏み込まず、全体のパースをとらえられる。
もし授業開始前に手早く予習しておくなら、各章のこの部分だけを一周するといいだろう。詳細はいずれ詰め込むことになるから、ロケットスタートで失速するのを防げる。
章の後半から、局所解剖の詳細がある。
ここでは、概要で述べられた構造のあらましを裏付けるディテールが説明されていく。たとえば、胸壁なら、肋間筋、血管、神経、それらの走行などだ。筋については、起始・停止・支配神経といったスペックが表にまとめられる。
臨床と関わりの強い情報もある。例えば肺なら、肺区域。
臨床関連事項の囲み記事もここにあり、医療画像も合わせて説明される。COVID-19のCT像があるのは、コンテンポラリーだ。
心臓の関連痛については、収束説に基づいて構成的にまとめられる。なんか歯切れのわるい説明になっていた『臨床のための解剖学』とは対称的だ。
章の最後には体表解剖学がある。実際の臨床では、最初は常に体表解剖なので、とても重要だ。聴診や打診ですぐに役立つ。
付属する電子版はeBooks+にある。これはエルゼビア社の運営する電子書籍のプラットフォームで、Mac/Windowsではブラウザで、iOS/Androidでは専用アプリで閲覧する。リフロー型で、スマートホンなどの小さな画面でも読める。
冊子体と同じコンテンツを電子版でも読める。ただし、冊子体の紙面のデザインは再現されず、その美しいレイアウトを楽しめない。ブラウザ版は見開き表示もできる(ベータ版)が、紙面の通りではない。13インチなどの画面の大きなiPadをつかっているとき、あるいは11インチなどの小さめの画面だとしても近接視力に優れた人なら、PDFのほうが読みやすいだろう。両方使えたらいいのにと思う。
臨床症例は電子版だけにある。冊子をまなんだら、ここで応用力を養おう。USMLEに準拠した形式のクイズもある。
神経解剖学の章は電子版だけにある。内容はごく概略的で形態学を主にしてあり、脳解剖の時に参照するには十分だ。
表紙にはホログラムが刻印されている。海賊版が流通しているのかもしれない。
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