黒衣の外科医たち

黒衣の外科医たち

黒衣の外科医たち

アーノルド・ファン・デ・ラール, 鈴木晃仁
2,372円(12/18 17:22時点)
発売日: 2022/12/20
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会陰部の手術や分娩に使われる体位に、「砕石位(さいせきい)」がある。仰向けで両脚を挙げて開いて台に乗せる。術者はその間に入って手術する。

砕石位(Wikipediaより)

これがなぜ「石を砕く体位」と呼ばれるのか。これについては『小説みたいに楽しく読める解剖学講義』でも言及したが、もっとドキドキしたかったら、本書を覗いてみよう。ついでに、前立腺がなぜ膀胱の「下」にあるのに「前立て」のように呼ばれるのかもわかる。

膀胱結石を患ったことがない人には、どこを切れば結石を取り出せるのか想像もつかないかもしれない。だが、尿の圧力で結石が下へと押されて膀胱の出口を塞ぐことから、…中略…患者は結石の場所を正確に感じ取れる──肛門と陰囊の間だ。この部位は会陰部と呼ばれている。…中略…患者は仰向けに横たわって両足を上げる。この姿勢は今も砕石位と呼ばれている。…中略…陰囊と肛門の間を切って結石を探す。次に、分娩時の妊婦と同じ要領で、患者に力んでもらう。…中略…この手術は40歳ぐらいまでの男性にしかできなかった。40代ぐらいになると、ある腺が肥大して切開の邪魔になるからだ。そのためその腺は、「前に立つ」という意味のラテン語「prostatus」を語源として、「前立腺(prostate)」と呼ばれるようになった
— 第1章 ある鍛冶屋の男より抜粋

現代外科学が生まれる前の、スパルタンな手術を集めた医学史のよみものだ。目次を見ただけでも、ドキドキだ。スキャンダラスな話でストレス緩和になるかもしれない。

 

【目次】

序章 「手」で治す外科医たち

第1章 ある鍛冶屋の男
膀胱を自分で切り裂き摘出――結石

第2章 アブラハムとルイ16世
ペニスを石でしごいて包皮を切りとる――包茎

第3章 エリザベート皇后
心臓を刺されても歩き回れたのはなぜか――血液循環

第4章 インノケンティウス8世・レオ10世・ヨハネ23世
教皇も逃れられない暴食――肥満

第5章 ヨハネ・パウロ2世
人気教皇、銃撃され腸が穴だらけ――人工肛門(ストーマ)

第6章 ペルシア帝国ダレイオス王
「手術で死んだら、外科医の手を切り落とす」――脱臼

第7章 ジョン・F・ケネディ
世界が見つめる世紀の大解剖――気管

第8章 リー・ハーヴェイ・オズワルド
ケネディと同じ外科医が暗殺者も――手術の限界

第9章 アウストラロピテクス・アファレンシスのルーシー
二足歩行とひきかえに――静脈瘤

第10章 奇術師フーディーニ
水拷問よりも腹パンチよりも――虫垂炎

第11章 ヴィクトリア女王
無痛分娩、歴史が動くとき――麻酔

第12章 大航海時代の貿易商ストイフェサント
砲弾で砕かれた脚はどうなるのか――壊疽(えそ)

第13章 名探偵ポアロとシャーロック・ホームズ
外科医は金星人、内科医は火星人――診断

第14章 イランの元皇帝
1.5リットルの膿を腹に抱えた亡命生活――合併症

第15章 バロック音楽家リュリとボブ・マーリー
足指切断のかわりに失ったもの――播種(はしゅ)

第16章 ローマ帝国執政官
丸々と肥えた軍人には脂肪切除を――開腹手術

第17章 アインシュタイン
天才の血管は破裂寸前――動脈瘤

第18章 内視法の生みの親たち
腹を切り裂くか、鏡を突っ込むか――腹腔鏡手術

第19章 アダム・宦官・カストラート
ペニスを切り落とす10の方法――去勢

第20章 英国王ジョージ6世
イギリス王室とタバコの関係――肺がん

第21章 宇宙飛行士アラン・シェパード
究極のプラセボ治療――瀉血(しゃけつ)

第22章 英国キャロライン王妃
でべそを隠した王妃の壮絶な最期――臍ヘルニア

第23章 イタリア戦争を生き延びた若き医師
自分の傷に指を突っ込み腹腔を学ぶ――鼠径ヘルニア

第24章 19世紀フランスのパン屋
歯科医がつくった機械の肩を埋め込まれた男――人工関節

第25章 レーニン
頭痛、不眠、ノイローゼの指導者――脳卒中

第26章 胃腸をはじめてつなぎ合わせた外科医
ちょっと雑でも高速技なら大丈夫――胃切除

第27章 ルイ14世
とがった器具をさし込み一気に引き抜く――痔

第28章 動物園の獣医
デンキウナギに麻酔をかける――動物の手術

 

同様の読み物に、『外科の夜明け』がある。麻酔も消毒もなかった時代から現代の外科学になるまでの物語で、多くの医学生を感動させ、外科医を志させた。年配の外科医には、これをオススメする人が少なくない。外科に関心があるなら合わせて読んでみよう。残念ながら絶版になっているが、完訳(ちょっと読みにくい)なら程度のよいのを入手しやすい。本学図書館にはある