寒冷刺激による頭痛と天然氷

天然氷のかき氷

British Medical Journalのクリスマス号には、毎年ちょっと変わったおもしろい論文が掲載される。2002年のがアイスクリーム頭痛のランダム化比較試験(RCT)だった(1)。アイスクリームやかき氷をあわてて食べると、頭痛が生じることがある。その正式名がアイスクリーム頭痛だ(2)。『こんなにも面白い医学の世界』にも取り上げられた。

 

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中尾 篤典
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この論文では、高校生がそのお父さんと一緒に、自分の高校の生徒を対象にして、アイスクリームを慎重に食べる群と急いで食べる群に分けて比較した(n = 145)。急いで食べる群では27%、慎重に食べる群では13%にアイスクリーム頭痛が生じたという。

アイスクリーム頭痛は医学的検討が古くからなされている。PubMedでみつかる最古のは1963年だ(3)。国際頭痛分類というのがあって、日本頭痛学会のホームページでその日本語版が公開されている。

  • 一次性頭痛
    • 片頭痛
    • 緊張型頭痛
    • 三叉神経・自律神経頭痛
    • その他の一次性頭痛
  • 二次性頭痛
    • 頭頸部外傷・障害による頭痛
  • 有痛性脳神経ニューロパチー、他の顔面痛およびその他の頭痛

「その他の一次性頭痛」、「寒冷刺激による頭痛」と辿るとみつかるのが、「冷たいものの摂取または冷気吸息による頭痛」だ。「アイスクリーム頭痛」はその旧称になっている。

分類はされているけれども、それが生じるメカニズムはまだ決まっていない。おおきく2つの説があり、どちらかともいえないし、両方ともいえない(4)。

  • 血管収縮説
    • 寒冷刺激により咽頭壁の血管収縮が起こり痛みが生じる
    • 痛みが生じている間、中大脳動脈の血流が減少が認められた
    • 片頭痛持ちの人にアイスクリーム頭痛が生じやすいというのが、この説を支持する
  • 関連痛説
    • 口蓋への寒冷刺激が、そこを支配する三叉神経の関連痛を生じさせる
    • 同時に流涙が起こることがあるのが、この説を支持する

ともかくも、頭頸部の感覚の神経支配を、教科書をテキストを読み返したり、文献を調べてみよう。たとえば、舌の味覚の支配神経は、前1/3が鼓索神経、後方2/3が舌咽神経ということになっている。古い文献だが、それを確認している研究もある (5)。

どのような寒冷刺激がアイスクリーム頭痛になりやすいかについては、いくつか報告がある。それによると、アイスキューブよりも氷冷水のほうがアイスクリーム頭痛を生じさせやすいという。熱伝導率でいえば、氷は静止した水よりも4倍熱を伝えやすい。しかし水は流れるために効果的に口蓋や咽頭から熱を奪えるのだろう。

かき氷のブームが続いている。そのなかで、天然氷を削ったかき氷は、アイスクリーム頭痛を起こしにくいという言説がある。事実かどうかは、エビデンスがみあたらずわからなかった。RCTをやったらジャーナルに掲載されるかもしれない。BMJの論文と同規模にするなら、1杯1,500円として20万円強でRCTが実施できるはずだ。情報を整理してみよう。

氷は結晶が大きく、揃っているほど硬くなる。長野オリンピックのスピードスケート場の氷は、氷筍を敷き詰めた氷が使われた。硬い氷によってスピードの向上を狙った(6)。

天然氷は、厳冬地で湧き水を屋外ないしテント内のプールで凍らせて作られる。必要な厚さまで凍結するのに1〜2週間ほど時間が掛かるために、氷の結晶が大きく、透明な硬い氷になる。

人工的に作られる「純氷」でも、2日くらいかけて冷却すると、結晶の成長に伴って水に溶存している気体や塩分などが排斥され、硬く透明な氷ができる。

天然氷でも純氷でも、白く濁った部分を削り取り、透明な硬い部分を製品化する。

アイスクリーム頭痛の起きにくさでは、氷が天然氷か純氷かよりも、口蓋や咽頭に氷が接する面積や、その部分の熱容量が重要になる。空気を多く含ませた軽いかき氷を作ることが重要だ。

氷の温度が低すぎると、削ったときに粉状になって、削れた氷が締まってしまう。温度を2度くらいに温めると、ひらひらした薄い氷になる。温度を上げても硬い氷だと、そういう削りがやりやすい。家庭用のかき氷機には、氷を温めるためのヒーターが内蔵されている製品もある。

 

 

上手に削られたかき氷も、溶ければ氷水になり、アイスクリーム頭痛を生じさせやすくなる。むだに溶けさせないよう氷を崩さずそっとすくい、溶ける前に食べてしまうことが重要だ。

実は、かき氷の有名店はいずれも、硬い氷を温め、薄く削り、ふわりと盛る。内部が低密度ないし空洞になっていて、そこに崩れるようになっているので、大きくてもこぼれにくい。空気が多く含まれているために、天然氷でも純氷でもアイスクリーム頭痛はほとんど生じない。つまり、ポジティブが少ないことが予想され、RCTには上記より大規模な試験が必要になるだろう。

 

  1. Kaczorowski, Maya, and Janusz Kaczorowski. 2002. “Ice Cream Evoked Headaches (ICE-H) Study: Randomised Trial of Accelerated versus Cautious Ice Cream Eating Regimen.” BMJ 325 (7378): 1445. https://doi.org/10.1136/bmj.325.7378.1445.
  2. 中尾篤典. 2016. “アイスクリーム頭痛.” レジデントノート 18 (7). https://www.yodosha.co.jp/rnote/trivia/trivia_9784758115728.html.
  3. SMITH, R O. 1963. “ICE CREAM HEADACHE.” Virginia Medical Monthly 90: 562–64.
  4. Chebini, Amokrane, and Esma Dilli. 2019. “Cold Stimulus Headache.” Current Neurology and Neuroscience Reports 19 (7): 46. https://doi.org/10.1007/s11910-019-0956-5.
  5. 斎藤英雄, 冨田寛, 渡辺誠, 少名子正彬, and 川原群大. 1969. “舌における各味覚神経の支配領域について.” 日本耳鼻咽喉科学会会報 72 (2zokan): 474–75. https://doi.org/10.3950/jibiinkoka.72.2zokan_474.
  6. 対馬勝年. 1998. 氷筍リンクはどのように構想されたか. 日本雪工学. 14(3): 14–19. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsse1986/14/3/14_3_226/_pdf