論文図表を読む作法
今年7月の刊行以来、業界ではベストセラーになっている。業界に入ったばかりのニューガイなら、MBoCの前に買っておいていいんじゃないだろうか。抄読会に参加し始めた学部生で、図が分からずに困っていたら、きっと教員の誰かが持っているから借りてみよう。
生命科学や医学の分野ではいろいろな研究手法があり、新しい方法もどんどん追加されている。研究に足を踏み入れた学生は、その多様さに困ってしまう。すでに研究者としてやっているひとでも、専門外のことや新しい技術のことはわからない(が、学生の手前「知ったか」をしないといけない)。つまり、全員、どこかしらよくわからないんである — 無知の知。
本書は、研究論文にでてくる図や表を、研究を始めたばかりのひとでもエッセンスくらいはわかるように、と企画された。詳しい原理の説明は省き、どういう目的で何をどう計って図表化したのかが、いろいろなタイプの手法について2〜3ページでわかるようになっている。それぞれの分野の研究者たちが執筆を分担している。
できあがった本は、それ以上になったようだ。研究方法のカタログである。研究者がなんらかのクエスチョンを解決しようと悩んだとき、使えそうな手法が本書でみつけられるかもしれない。
取り上げられている手法のリスト(クリックして全体表示)
第1章 色々な解析に使えるエッセンシャル【編集協力:島村徹平】
1 統計的仮説検定とp値
2 多重比較と多重検定補正
3 信頼区間
4 t検定
5 ANOVA
6 棒グラフ
7 相関解析
8 線形回帰
9 カーブフィッティング
第2章 核酸解析【編集:牛島俊和】
1 バイオアナライザ・TapeStationとRIN値・DIN値
2 アガロースゲル電気泳動
3 PCR/RT-PCR
4 定量的PCR
5 デジタルPCR
6 バイサルファイトシークエンス
7 G分染法
8 DNA-FISH解析
9 間期核FISH解析
10 Promoterアッセイ
11 Gel Shiftアッセイ
第3章 細胞の形態や性質の解析【編集協力:金田篤志】
1 免疫組織化学
2 蛍光染色
3 走査電子顕微鏡
4 透過電子顕微鏡
5 細胞増殖アッセイ
6 フローサイトメトリー
7 細胞周期
8 Annexin Ⅴ assay/Sub-G1 assay
9 TUNEL assay/Comet assay
10 薬剤感受性試験
11 細胞運動能アッセイ
12 Oil Red O染色
13 3D culture
14 造腫瘍性(同種・異種移植実験)
15 細胞老化
第4章 タンパク質解析【編集:中山敬一】
1 ポリアクリルアミド電気泳動
2 Western blot
3 二次元電気泳動
4 FRET
5 タンパク質半減期測定
6 ユビキチン化アッセイ
7 オーキシンデグロン法
8 PROTAC
9 Fluoppi
10 BiFC/SplitGFP
11 インターラクトーム解析
12 ELISA法
13 IP/RIP
14 カラムクロマトグラフィー
15 ショットガンプロテオミクス
16 ターゲットプロテオミクス
17 結晶構造解析
18 クライオ単粒子解析
19 NMR解析
20 表面プラズモン共鳴法
21 等温滴定型カロリメトリー
22 Phos-tag
23 インビトロヘリカーゼアッセイ
24 ショ糖密度勾配遠心法
25 高速AFM
第5章 代謝解析【編集協力:尾池雄一】
1 リピドミクス
2 細胞外フラックス解析
3 高血糖クランプ/高インスリン正常血糖クランプ
4 ブドウ糖負荷試験/インスリン負荷試験
5 メタボローム解析/代謝フラックス解析
6 代謝ケージによるマウス代謝測定
7 寒冷刺激試験
第6章 実験動物・遺伝子改変動物解析【編集:中山敬一】
1 CT
2 MRI
3 PET/SPECT
4 光イメージング
5 Cre/loxPシステム
6 遺伝学的系統追跡
7 電気生理学的手法
8 覚醒下脳イメージング
9 光遺伝学
10 オープンフィールド試験
11 モリス水迷路試験
12 Three-Chamber test
第7章 NGSなどを用いた網羅的解析【編集協力:兒島孝明】
共通
1 マイクロアレイ
2 Volcano plot
3 Pairwise scatter plot
4 Gene ontology解析
5 階層的クラスタリング
6 k-meansクラスター解析
7 PCA
8 メタジーン解析
9 モチーフ図
10 STRING(ネットワーク解析)
11 KEGG pathway
12 ネットワーク解析
変異とSNP(GWAS)
13 変異シグネチャー
14 Circos plot
15 Manhattan plot
16 Regional plot
17 ハプロタイプ
18 Accumulation curve
発現
19 MA plot(RNA-seq)
20 t-SNE/UMAP(シングルセルRNA-seq)
21 Trajectory 解析/Pseudotime解析
22 RNA velocity解析
23 TCR/BCRレパトア解析
24 Ribo-seq
エピゲノム解析
25 ChIP-seq
26 ATAC-seq
27 Hi-C
第8章 マイクロバイオーム・メタゲノム解析【編集協力:長谷耕二】
1 16SリボソームRNA配列解析
2 ショットガン・メタゲノム解析
3 注釈付き系統樹
4 α多様性解析
5 β多様性解析
第9章 臨床情報解析【編集協力:山本精一郎】
1 Kaplan-Meier法
2 ROC曲線
3 多変量解析
4 メタアナリシス
何はともあれ、最初は統計学。とはいえ、統計学の入門書にありがちな、t-検定が最終ゴールというようなのではない。p値は効果量といっしょに考えないといけないとか、多重検定のときには投稿規定も要チェックだとか、信頼区間の「95%」という数に特に根拠はないとか、正規分布しないならノンパラだ、というような話し。
「人生で始めてみたほど極小のp値」を自慢するのは変だと理解できるようになる。統計学の入門書では、こういう実際的なことはカバーされていないことが多い。
免疫組織化学、ELISA、ゲルシフトアッセイ、といったクラシックでシンプルな手法はどれもカバーされている。
さらに、プロテオミクスとか、インフォマティクスとか、マイクロバイオームとか、一読ではさっぱり分からないのもあった。
コロナで臨床研究の手法にも出会った。
まあ、全部ちゃんとわからなくてもよいのだ、とりあえず抄読会で説明できれば。あるいは自分のプロジェクトに使えるかもと思えれば。
アポトーシスの評価方法をみてみる。(評者はやったことはないが、知ってはいる。)
まず実験方法の名前。略称にはフルネーム。意外と知らない。「トンネル」だと思っていることもあるかもしれない。別名があるときはそれも。同じ方法なのに名前が違っていると、別なものだと思いがち。
つぎにそれが何を知るためかの概説。つづいて原理のごく簡単な説明。正確さは犠牲になっても短くまとめられている。エレベーター内でジョブズに説明を求められても大丈夫。
そして、図の見方。実際の図の例が、次のページにある。
注意点があるのがいい。それぞれの方法で何を知れるのか、知ることができないのか、がわかる。
最後に、その方法を実行するのに最低限必要なもの。自分の環境や資金で実行可能なのかが判断できる。
図の例は、実際の論文から引用されたものも、本書のために制作されたものもある。
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