進化の謎をとく発生学: 恐竜も鳥エンハンサーを使っていたか
中高生向けの分子進化学の読み物。
生物の形が特に大きく変化する進化を「大進化」という。生物の分類でいえば、同じ種や属のなかでの変化を越えて、新しい科や目を生じるような進化をいう。そのような大きな進化は、漸進的な変化の蓄積だけでは説明しがたいのではないかとの考えから、アメリカの遺伝学者R・B・ゴルトシュミットが著書『The Material Basis of Evolution』(1940)で初めて提唱した。
The Material Basis of Evolution: Reissued (The Silliman Memorial Lectures Series)
一方で、大進化を裏付ける分子進化学上の根拠は、まだあまり知られていない。
本書の筆者らは、恐竜から鳥類への進化のトリガーになったと考えられるゲノム上の配列をさがした。
鳥類の48種のゲノムを比較し、鳥類に特異的なエレメント、ASHCE(avian-specific highly conserved element)を多数みつけ、それらの多くが非コード領域にあることをみつけた。そのうちのひとつが、Sim1遺伝子のエンハンサーで、著者は本書で「鳥エンハンサー」と呼んでいる。
- Seki, R. et al. Functional roles of Aves class-specific cis-regulatory elements on macroevolution of bird-specific features. Nat Commun 8, 14229 (2017).(日本語要旨)
SIM1は、もともとショウジョウバエでみいだされたSingle-minded遺伝子(SIM)のホモログである。SIMは転写因子で、ショウジョウバエの胚では正中線上に発現し、欠損すると正中線の両側にある神経束が1つの束になってしまう。それが、その名の由来である。ヒトでは、SIM1が女児の早期肥満やプラダー・ウィリー症候群様の表現型に関与する。SIM2は21番染色体上にあり、頭部の異形症やダウン症の原因遺伝子の可能性が考えられている。
SIM1は鳥類では前肢芽の後縁に沿って発現し、風切羽を生じる。SIM1のエンハンサーの用法が変化し、もともと正中線上に発現していたSIM1の発現パターンが改変されたと考えられた。これが鳥類への大進化を起こしたと考え、これを「鳥類エンハンサー」と呼ぶことにしたわけだ。恐竜にも羽根のはえた種があったことから、鳥類エンハンサーは恐竜でも働いていたと考えた。
ちなみに、筆者らは肢芽の前縁に発現する遺伝子にMarioと名付けた。後縁のZPAに発現するSonic(Shh)とのシャレだったというが、著者自身の独白のとおり、知名度はいまいちだった。
- Amano, T. & Tamura, K. Region‐specific expression of mario reveals pivotal function of the anterior nondigit region on digit formation in chick wing bud. Dev Dynam 233, 326–336 (2005).
実は、本書で興味を持ったのは、指番号の同定。骨格と発生を追うことで、同定できる。
四足動物の手足の指は、基本形では5本で、母指側から第1指、第2指と番号が付けられている。腕の主軸は尺骨で、その延長線上に第4指がある。
ウシのような偶蹄類では、第3、第4が残り、他は矮小化していった。奇蹄類のウマは第3指だけが残った。発生過程でいったん指が5本できるので、容易にわかる。鳥類の前肢(翼)の指は3本で、第2〜4指、後枝は4本で、第1〜4指。
『グレイ解剖学』第4版がてもとにあったら、631ページ、回内と回外の項目をみてみよう。図7.83で、回転軸が尺骨と第4指(薬指)上に描かれている。本文中にはこの説明がない。回転軸など手の向き次第で示指にも中指にもなるだろうと思っていたが、四足動物の「オフィシャルな」軸を踏まえて図が描かれていたようだ。
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