アリス博士の人体メディカルツアー
医学部に入った途端、まだ習ってもいないのに親戚から健康相談を振られて困ることがある。そういうときに役立つかもしれない(ただし知ったかはあとで恥ずかしいことになるので控えよう) —
人体骨格模型といっしょに微笑む妙齢のひとが、著者らしい。この本のもとになったのは、BBCの健康番組「Dr Alice Roberts: Don’t Die Young / BBC」で、シリーズ1が2007年、シリーズ2が2008年だった。著者は1973生まれなので、35歳頃。そのころにヒトとサルの回旋筋腱板の比較解剖学でPhDを取得している。Twitter Wikipedia
原題は「早死にするな」だ。まず不安をたきつけるのが、健康本の基本手技である。
とりあえず、日本人はどのくらい早死にしているのか、エビデンスをみよう。厚労相の公開している「生命表」から、年齢別の死亡率をグラフにしてみた(縦軸は対数)。生命表の「死亡率」とは、ある年齢の人が次の誕生日の前までに死ぬ確立。乳児の死亡率が高いが急減し、幼稚園〜中学生で底を打ち、その後上昇していく。男性の方が女性より少し高い。また男性では中学生から成人までの間に急増し(厨二病?)、20代でいったんプラトーになる。
「夭折」が20代までに死ぬことだとして25歳を基準にすると、次の誕生日まで生き延びられないのは、男性で2,000人中1人、女性で4,000人中1人。働き盛りの代表を45歳とすると、男性600人中1人、女性1,000人中1人。60歳で定年して旅行でも行こうかとするもダメそうなのは、男性150人に1人、女性330人に1人。平均寿命自体も、時代によって変動する。戦後すぐは、いまの定年あたりが平均寿命だった。
これをどう感じるかは人それぞれだろうけど、死に至る要因には長期間にわたる因子が多いので、早めの対応が望ましい。一方で、こういう長期間のビミョーな因子のエビデンスを得るのは、なかなかチャレンジングなのである。そんなわけで、エビデンスをスルーした健康本がたくさんある。
歩くだけで、感染しても重症化するリスクを9割(!?)軽減することができる、と私は思っています。「じゃあ、そのエビデンスを出せ」と言われると困るのですが、歩くことの重要性が忘れられている時代なので、「9割軽減できる」という気持ちを持って歩いていただきたい。そのため、あえてそんなスローガンを思いつきました — 長尾 和宏. 2020. 歩くだけでウイルス感染に勝てる!. 山と溪谷社. 150ページ
スローガンかよッ😱
本書『アリス博士の人体メディカルツアー』の内容は、サイエンスに基づく養生訓である。かといって、個々の研究から脊髄反射的に教訓を押しつけたりはしない。自社製品がこっそりオススメされたりもしない。タバコはだめとか、太らないようにしようとか、常識的なことが多い。ちょうどこのころから【抗酸化作用のある食品】(括弧で囲っておこう)がもてはやされるようになったのだと思うが、それについての記載はめだつ。
記載の例として、膀胱炎予防にきくらしいクランベリージュースのところを調べてみよう。ヨーロッパでは本書の以前から治療薬として使われていたらしい。本文にエビデンスがあると紹介され、巻末の参考文献にも文献が引用されている。
裏を取ってみよう。ランダム化比較試験(RCT)では効果あり、なし、ビミョーのいずれもあり、システマティック・レビューでは、あるっぽいけど条件がまちまちでね〜、というところだ。いずれにしても、裏付けのきっかけが与えられているのがいい。
- RCT
- Kontiokari T, et al. 2001. Randomised trial of cranberry-lingonberry juice and Lactobacillus GG drink for the prevention of urinary tract infections in women. Bmj 322:1571.
- Bruyère F. 2006. Utilisation de la canneberge dans les infections urinaires récidivantes. Médecine Et Maladies Infect 36:358–363.
- Barbosa-Cesnik C, et a.. 2011. Cranberry Juice Fails to Prevent Recurrent Urinary Tract Infection: Results From a Randomized Placebo-Controlled Trial. Clin Infect Dis 52:23–30.
- Babar A, et al. 2021. High dose versus low dose standardized cranberry proanthocyanidin extract for the prevention of recurrent urinary tract infection in healthy women: a double-blind randomized controlled trial. Bmc Urol 21:44.
- Straub TJ, et al. 2021. Limited effects of long-term daily cranberry consumption on the gut microbiome in a placebo-controlled study of women with recurrent urinary tract infections. Bmc Microbiol 21:53.
- システマティック・レビュー
- Wang C-H, et al. 2012. Cranberry-Containing Products for Prevention of Urinary Tract Infections in Susceptible Populations: A Systematic Review and Meta-analysis of Randomized Controlled Trials. Arch Intern Med 172:988–996.
本の全体が系統解剖学とか解剖生理学に沿って記載される。まず仕組みの説明があり、つづいてよくある病態の紹介がある。難しいところはない。
章末には、養生訓が1ページにまとめられる。これだけ読んで実行しようとしてはいけない。インフォームドコンセントにすることが重要で、こうなる理由を理解していないと、ナッツとクランベリーにオリーブオイルをだらだらかけて朝食にしがち。
最後に補完代替医療として、市販薬や民間薬が少しまとめられる。
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