小説みたいに楽しく読める生命科学講義

小説みたいに楽しく読める生命科学講義

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石浦 章一
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本学医学部の分子病態学(現分子細胞生物学)講座の初代教授、小宮義璋氏の大学での専門は神経化学だったけれども、ライフワーク上は「虫屋」で、亡くなったのは、退官後にでかけたハムシの採集のさなかだった。「分子生物学などマボロシだ」と「おまいう」なことをいい、「nature」誌から生態学やフィールドワークが押しやられていくのを嘆いておられた。

医学生の多くが受験科目に物理・化学を選択していて、入学後に生物学の素養がなくて学生も教員も困るのだという。それに対して小宮氏は「高校でヘンテコな生物学を教えられていないから、むしろ幸い」として、物理・化学選択者向けの生物学の授業を担当していた。

さて、いまも生物学に困っている医学生はいそうだ。いいテキストはあるだろうか。たのしくサッと読めて、その実世界観に一筋通っていて、いろいろと魂こもっていたりしたら、生物学の素養がないために傷ついたこころも癒える。

七夕の新刊をみてみよう。

よくみると装丁がアヤシイ! 枠線の装飾がDNAやらゾウリムシやらマウスやらカエルやら魚やらでできている。周りには、リクガメの背に地球があってフィンチが2種とまっているし、巨大な卵細胞を抱えた男性がワクチンを見つめ、宇宙飛行士がニューロンを調べている。ウシやトウモロコシの遺伝子は改変されているのだろうか。これらの変なイラストは、なかみにある扉絵にあるもので、本の内容に即しているらしい。どんな本なんだ?

 

 

著者の石浦章一氏は分子生物学者。一般向けの著作も多く、日テレの「世界一受けたい授業」に登壇したこともある。本書のような講義をもっとやりたいらしい。

 

著者

 

「特に羊土社の教科書」

もくじ

  • 第0章 生命科学のおはなし
  • 第1章 進化のおはなし
  • 第2章 遺伝のおはなし
  • 第3章 DNA鑑定と歴史の謎
  • 余談 データを見るときの注意点
  • 第4章 遺伝子組換えとiPS細胞、ワクチン
  • 第5章 環境と生物、放射能
  • 第6章 ゲノム編集の最新事情

本書は「第0章」から始まる。ここは、羊土社のサイトで公開されている。生命科学の考え方や、データをうまく読み取るとはどういうことか、最近の話題をネタに話しがはじまる。

文章全体が柔らかい話しことばになっていて、授業を聞くようだ。実際、筆者の同志社大での授業が本書の元になっているらしい。わかりにくい文脈では、「いいですか?」「ここまでいいですね」と確認が入る。きっと同志社大の学生さんたちもポカンとしていたのだろう。

生命科学のカバーする領域は広大で、いまも拡大と深化が続いている。そのなかから、コンテンポラリーなトピック、新型コロナとか、ワクチンとか、ゲノム編集などがとりあげられる。世間でなんとなく受け入れられていることに疑問を投げかけ、データを確認して答えをみつけてみせる。遺伝子や染色体のしくみや、人体発生のしくみなど、思考の糧になる基本的なネタも仕込んである。

用語がわからなくて(むむっ?)となる局面があるかもしれないが、図書館でハードコアな教科書を1、2ページチェックすればいいだろう。

バイアスや誤謬に取り憑かれず、データをゲットして正しく考える力、生命科学の「リテラシー」を身につけることが、本書のアウトカムになる。

 

グラフを読み取る:インフルエンザの死亡率が増えているのはどうして?

 

ワクチン接種率の低下のせい

 

最近の筆者のマイブームは歴史らしい。まず、藤原氏と天皇家の複雑な家系図。血族結婚と劣性遺伝病のコンテクストででてくるけれども、人物名が多発するだけでよく読んでも遺伝子はでてこない。つぎにエジプト王家の家系図。こっちはミイラを使ったDNA親子鑑定の話しだが、やはり人物名が多発する。(評者は人がたくさん出てくる小説が苦手)まあ、面倒なところは読み飛ばしてもよいのだ。期末試験はないのだから、萌えるところを楽しく読もう。

ところで、第0章のインフルエンザワクチン接種が学童接種から任意接種に変更された件について、行きがかり上、押さえておきたい。そのきっかけになったのが、前橋市医師会の有志による通称「前橋レポート」。前橋市内の学童接種を廃止し、当時の技術水準(抗原検査やPCRはなかった)でインフルエンザワクチンの効果を調査した(現在は高齢者だけ定期接種、ほかは任意接種)。ネット上にはこのレポートに関して珠玉混交の論評が散見されるが、現代の評価を確認しておこう。学童接種が高齢者の超過死亡を減じていたことも示されている。

予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える (光文社新書)

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岩田 健太郎
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  • Charu V, Viboud C, Simonsen L, Sturm-Ramirez K, Shinjoh M, Chowell G, Miller M, Sugaya N. 2011. Influenza-Related Mortality Trends in Japanese and American Seniors: Evidence for the Indirect Mortality Benefits of Vaccinating Schoolchildren. Plos One 6:e26282.