人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版 改訂第4版
好評な解剖生理学の教科書の改訂。
米国では「解剖生理学」が大学の教養課程や医学進学課程で教えられ、「A&P」と略称で呼ばれる。立派な教科書が多数あり、教科書指定のしのぎを削っている。一方、日本では看護科などでしか解剖生理学は教えられない。そのせいか、日本制作で米国のA&Pの教科書に匹敵するのは(マーケティングも含めて)存在しない。
それでもこの『人体の正常構造と機能』は、本のサイズでいえば米国のA&Pの教科書に匹敵するし、貢献している執筆者の数では引けを取っていない。
内容は解剖学、組織学、生理学を含む広範囲にわたり、人体の器官系や組織ごとに構成されている。
見開きごとに1テーマになっている。模式図、光顕像、電顕像、グラフなどが多用され、ビジュアルにそのテーマを一望できる。顕微鏡写真には執筆者自身のオリジナルのデータが多い。
文章は概ね明快だ。言及される項目は専門科目で学ぶようなレベルまである。個々の科目の教科書と比較すれば、説明が要約的になることはあるけれども、人体に対する好奇心を満たしてくれる。
全体が系統別になっているので、局所に沿って進行する解剖学実習の予習や試験対策には不向きだ。教養課程のうちに本書を自習してなじみになっておくと、あとが楽になるだろう。また、要求の少ない科目で、授業の配布物だけで済まそうというようなときに(お勧めしないが)、本書が個々の教科書の代用になるかもしれない。
発生学の概要も含まれる。また、解剖学に関するいくつかの項目では、医用画像も援用されている。
ところどころに「基礎知識」という記事がある。なにがどう「基礎」なのか、意図ははっきりしない。
知っておくと全体にわたって役立ちそうな総論的なこと、少し詳しいこと、本書の守備範囲を超えそうなこと、数式を多数要すること、などらしい。これらが基礎だから知っておかないと、ということでもなさそうだし、他の見開きと同じでもよかったのではなかろうか。
内容のクオリティーに関して、章ごとのでこぼこを感じることは少ない。一方で、見開きで文脈が分断され、2ページにちょうど入るように調整されているからか、ちょっと物足りなかったり、委細にわたることまであったりはある。また全体を俯瞰することはしにくい。例えば、中枢神経系のはたらきをつかんでいくには、少し難解とおもわれた。たとえば、脳による運動制御を学ぶのに、場所によってクラシックな「錐体路 vs 錐体外路」の構図で書かれていたり、より現代的な説明になっていたりする。
分かりにくいと思ったら、やはり個々の専門の教科書にあたったほうがいいこともある。
イラストはいずれも模式図だ。肉眼解剖学の図はリアリスティックな描写になっているが、実際の形状を正確に写し取ったものではない。概念図ととらえておいたほうが安全だ。解剖学実習の参照には全く足らないので、ちゃんとしたアトラスを用意しよう。
過去の書籍を「参考にした」ものも散見される。たとえば、本書の鼠径管の図は、20世紀になったばかりの頃の「Sobotta’s Atlas」の図に似ている。鼠径管の形態に関する理解は、この後に著しく精密になり、現在の鼠径部の外科の基礎になっている(医学会新聞「鼠径部筋膜解剖の理解からみた鼠径ヘルニア手術の完成」)。新しい資料を参考に図をアップデートしてほしいところだ。
本書には電子書籍が付属する。冊子体が大きくて重いので、電子版を使えるのはありがたい。
冊子の裏表紙の側の見返しの前に、コードが書かれた紙片が綴じ込められている。本書専用のアプリ(無料)をダウンロードし、共通のQRコードを読み込み、シリアル番号(紙片ごとに別途印刷されている)を手入力すると認証が完了する。
アプリ自体は『人体の正常構造と機能』の第3版・第4版、『人体の細胞生物学』と共通で、それらを所有していればいずれも利用できる。
文字や図のクオリティーは十分で、目に優しい。文字列を選んでマーカーを引いたり、ブックマークを入れたりできる。手書きの書き込みはできない。
不具合、または欠点と思われるのは、読んでいる途中で本を閉じると、次に同じ本を開いたときに表示されるページが最初のページに戻ってしまうこと。どこを読んでいたかが反映されない。いちいちスクロールして元に戻らないといけない。すぐに改善して欲しいところだ。
デバイスを横向きにすれば見開き表示もできるが、画面が小さいと読みづらい。大きな画面で読むために、iOS / AndroidだけではなくmacOS / Windowsにも対応して欲しいところだ。
一度に認証できるデバイスは1つだけ。他のデバイスで読むには、いったん認証を解除しなければならない。認証解除前にアプリを削除したりデバイスをリセットすると再認証できなくなるので、注意されたい。
さて、本書の使いどころは何だろう。重要なところから順に:
- 試験がここから出題される
- 指定教科書になっている(何か指定しろといわれて指定しただけのことがあるので注意)
- 「解剖生理学」という授業がある
- 医学部に入学したときに買って読んでおく(意識高め)
- 解剖の指定教科書が『グレイ解剖学』ではない
- 解剖学の授業に解剖学実習(実際に自分で解剖する方式の実習)がない
- 生理学の授業は本書で十分と先輩が言ってた
- 同級生のほとんどが持っている(ほんとに使ってるかは別)
- CBTの準備をしようというときに、リファレンスにする(『病みえ』と『QB』でよいのでは?)
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