数でとらえる細胞生物学
生物界をすべからく定量的に説明していこうというプロジェクト、あるいは学問分野の成果。
物理学や化学はとうに数値と数式で理解されているけれども、複雑系である生物学までは数値化されがたかった。たとえば生化学の授業でミカエリス・メンテンの式の計算は練習するとしても、解糖系からクエン酸回路までは結局、反応経路を暗記していただろう。Sonic Hedgehogのシグナル経路となると、促進や抑制が絡み合い、マイナス掛けるマイナスはプラスというような理解がせいぜいのところだ。脳の機能となると、物語主体だ。
実験の段階では数値をまとめて図表化し論文の基にする。それが教科書になると物語化されてまとめられる。物語で済ますのではなく、おおまかでも数値としてとらえていこうというのが、本書の主旨だ。数値をキーに、異なる物語が結びついて、生物界への理解が深まる。まえがきの引用で言い尽くされていよう。
その成果のまとめが、Bionumbers というサイトだ。そこには生物にまつわる様々な数値が検索できるようになっている。本書ではそれらの数値に基づいて、生物界の色々な局面について定量的ば説明が試みられる。ところどころにある数字は、Bionumbers でのデータのID(BNID)だ。
試みに、新型コロナウイルスの参考になりそうな部分を探してみよう。本書はその流行前の本だから、それ自体の記述はないが、インフルエンザウイルスで代用しよう。
なお、新型コロナウイルスについては、Bionumbers にまとめがある:SARS-CoV-2 (COVID-19) by the numbers
コロナウイルスの複製はおおまかにこんなかんじ。細胞内にウイルスゲノムが入ると、そこからRNAポリメラーゼとウイルス粒子を構成するいくつかのタンパク質(膜糖タンパク質 M、ヌクレオカプシドタンパク質 N、スパイクタンパク質 S、エンベロープタンパク質 E、ヘマグルチニン-エステラーゼ HE)が作られ、RNAポリメラーゼによってゲノムが複製される。
インフルエンザウイルスは、ウイルス全体では中くらいの大きさ。エンベロープがあるので、大きさに幅がある。サージカルマスクのフィルターの基準が0.1µmなので、飛沫中ならフィルターに引っかかる。
新型コロナウイルスは、インフルエンザウイルスと同じくエンベロープを持つRNAウイルスだ。A型インフルエンザウイルスは、8つに分節化した一本鎖マイナス鎖RNAをゲノムとして持つ。ゲノムサイズは 14 kbp で、ヒト細胞のゲノムより 5 桁少ない。
哺乳類の細胞の翻訳速度は 6 aa/s だ。ミオグロビンなら25秒。
RNAは細胞内で分解されていく。半減期は10分くらいだ。ウイルスRNAが細胞内に入って多少とも翻訳されるには十分だろう。
コロナウイルスのゲノムは変異しやすいと、テレビ番組でもいわれる。実際に変異の頻度は真核細胞より5桁多い。
ウイルスが細胞に入ると、細胞当たり1,000〜10,000のウイルス粒子が放出される。
どうだろう。ことばでなんとなく理解していたことの精度が上がっただろうか。
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