ねじ子が精神疾患に出会ったときに考えていることをまとめてみた
森皆ねじ子先生の新刊。同人誌の『平成医療手技図譜』【精神編】・【心療内科編】の2巻が1巻にまとまり、再編集されて商業誌になった。
本書には、一般外来や救急外来で精神関係の患者に出会ったときに、ちゃんと気づいて対処(=精神科にたのむ)するためのポイントがまとめられている。医学生や研修医なら、実習や研修で精神科を回るときに役立つだろう。
同人誌は素朴な手触りが好ましいけれども、商業化でデザイナーの手が入って、文字組みもやりなおされている。表紙周りのデザインが吹っ切れている。本体部分もスミ(墨)1色からスミ+特色ピンクの2色刷になった。
本書の前半が、『平成医療手技図譜』【精神編】から、統合失調症、双極性障害、うつ病。後半では【心療内科編】から「神経症」、パーソナリティー障害、こどもの精神、依存症が扱われる。一般の外来などでしばしば出会う精神科関係の疾患はおよそカバーされている。追加するとすれば記憶障害かもしれないが、これも入れると本が厚くなりそう。
精神科の疾患は、患者の表情や振る舞い、それらの経緯が重要だ。それを記載するのにマンガの力は大きい。ねじ子先生のほかの同人誌や商業誌と同様、ほぼ全編がイラストと手書きの説明文からできていて、専門書のお堅い文章ではなかなか伝わりにくいような機微がわかる。写真を使おうとしても、プライバシー保護のために目線が入ったり、プライバシーの心配のない大昔の写真だったりして、よくわからないのだ。
頭にアンテナを生やして「患者」をあらわす「マンガ記号」(汗、額の影、眼がハートのようなもの)は、ねじ子先生の発明だ。患者役はマシーンが演じてるというような風になってる。アンテナがあるのに有線接続になっているけれども、充電と初期設定は有線かな。設定によっていろいろな疾患や障害の振る舞いをさせられるらしい。
精神科の微妙な症状を文章で表すのは難しい。写真や動画だとしても説明なしには要点を読み取れない。これがイラストやマンガだとよくわかる。商業誌化で加わったピンクの差し色や集中線が効果的だ。
込み入った話は、コラム記事に活字の文章でまとめられている。
精神科の薬物療法は他科の医師にはむずかしい。薬の種類が多いし、投与の組み立て方も一筋縄ではいかない。これらもイラストで簡潔に表現される。
後半で扱われる「神経症」などの疾患や障害は、「精神病」との違いや「正常」との境界があいまいだ。精神科の専門的な取り扱いではこれを丁寧に定義していくけれども、一般診療でそのとおりにはやれない。本書では敢えて実用を重んじて、これを「了解不能」と「了解可能」を目安に「精神病」と「神経症」に区別している。(このあたりの詳しい話は随時注意書きがある。)
患者が病院にやってきて、器質的な疾患を除外できたら、キメはICD-10やDSM-5だ。
そして治療になる。これも一筋縄ではいかないし、「認知行動療法」とか、名前を聞いただけでは何のことかわからないのが多い。専門書を読んでもよくわからない。このあたりはさすがに文字情報が多くなるが、適宜イラストが使われていて、具体的な様子がわかる。
それぞれの疾患にまつわる典型的なイベントや表情も、イラストやマンガでわかりやすい。
精神科の概念や診断基準は、しばしば変更される。概念自体がひっくり返ることもある。『平成医療手技図譜』以降の変更は注記などでアップデートされている。
精神科の専門書ではない。概略を身につけておくことは大切だけれども、どんな分野でも「夜郎自大」は間違いのもとだ。あとがきでもねじ子先生自身が注意を促している。
日本はそこそこ上手くいってるけど、夜郎自大な傾向は危険。科学とプロパガンダは絶対に分断すべし。
— 岩田健太郎 K Iwata (@georgebest1969) April 1, 2020
本書で『平成医療手技図譜』各巻の商業誌化が完了したことになる(【針モノ編改】によるアップデートを除く)。『平成医療手技図譜』の全巻は、群馬大学医学図書館に収蔵されている。本書も1冊、近日中に配架される。
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