診断力が高まる解剖×画像所見×身体診察マスターブック
帯に「一緒に教えてほしかった!」とある。グンマーでは一緒に教えてますけどナニか? といいたかったけど、本書を調べてみよう。
日本語版の翻訳者はすべて画像診断の専門家だ。監訳者の前田恵理子氏は、かつて医学生としての経験をもとに『解剖実習室へようこそ』という本を書いた。そういう人たちの実感なのだろう。
でも、医学部の現場で本書は具体的にどういかされるべきだろう? 著作のバックグランドにヒントを求めてみよう。
序文によると、原著の著者らは解剖学、医用画像、身体診察が異なる学年でバラバラに教育されていて、それらを統合した教科書がないことに気づき、本書を発案したという。その「著者ら」とはどういうひとたちか?
- Sagar Dugani:トロント大学医学部を2012年に卒業し、現在は米国Brigham and Women’s Hospitalなどに勤務。
- Anne Agur:トロント大学医学部教授で解剖学、組織学、発生学を担当。『グラント解剖学図譜』『臨床のための解剖学 第2版』、『ムーア臨床解剖学』といった主要な解剖学書に参画。
- Jeffery Alfonsi:カナダのウエスタン大学の薬理学講座助教。
- Arthur Dalley:米国ヴァンダービルト大学医学部名誉教授で、医学教育と解剖学を担当。
著者らは伝手をたどって多くの臨床医学の執筆者をリクルートした。トロント大学の関係者が少なくないので、トロント大学医学部のカリキュラムを調べてみよう。
同大医学部は4年制で最初の2年間が授業、後の2年間が臨床実習になっている。最初の2年間でいわゆる基礎医学と臨床医学を学ぶ。科目ごとではなく、それらが統合され、器官や疾患別に系統化された授業になっている。自習用の電子教材が用意され、チーム基盤型学習、問題解決学習、アクティブラーニングが推し進められている。
解剖学実習は2年間にわたり、その時々の授業に合わせて進められるようだ。2つの学年が随時実習できるようにするためか、キャンパスに解剖実習室が2つある。評価は実地試験のほか、他の授業と同じくネット上の試験が使われる。データはみつけられなかったが、教員数は日本の大学に比べてずっと豊富のようだ。
注意したいのは、米国などでは、医学部には一般大学を卒業してから入学すること。解剖学や生理学などの基礎医学は一般教養科目としても大学で教えられているので、医学部入学前にあらかた解剖学・生理学・生化学などを既習の学生は少なくない。
原著のタイトルは、『Clinical Anatomy Cases: An Integrated Approach with Physical Examination and Medical Imaging』で、邦題とは少しニュアンスが異なる。問題解決学習向けの教材として考えた方がよさそうだ。指定教科書・参考書のリストがなかったので確かではないが、本書はトロント大学のような統合的なカリキュラムで利用されるのだろう。
本学では解剖学の授業で医用画像も組み合わせて学んでいる。統合的な鑑別診断のトレーニングの授業「臨床推論」もある。日本全体をみても、どの医学部もカリキュラムの改訂が計画され、統合やアクティブラーニングが図られている。本書のような教科書も使われるようになるのだろう。日本には系統別に統合化された教科書として、『カラー図解 人体の正常構造と機能』や『病気がみえる』シリーズがあるけれども、本書に倣えば『鑑別診断がみえる』のようなのがもっとあってよいはずだ。
本書の内容に戻ろう。
本書の原著の出版社は『グラント解剖学図譜』、『ベイツ診察法』など代表的な医学書を擁しており、それらからの図も含め多数の図版が本書にも使われている。ビジュアルで好ましい。
本書は大きく2部で構成されていて、第1章が鑑別診断の概説、それ以降の第2〜7章が局所解剖ごとの鑑別診断が説明される。
第1章は、1つの症例が軸になっている。症例は、膝関節痛を主訴とする青年で、繰り返す下痢・腹痛の病歴がある。関節と消化器の症状に関係があるか全身くまなく調べようという動機付けがあり、その流れで身体診察、臨床検査、医用画像が概観される。解剖学はそれらの参考程度。最後に診断を確かにするべく、感度・特異度・尤度比の説明がある。
結果的に、症例はクローン病だったわけだが、それに至る鑑別診断の逡巡は省かれていて、唐突な感がある。つまり、本からの知識提供は系統的にあるが、症例を読み解きながら思考の訓練をするようにはなっていない。これは、第2章以降の症例の使われ方も同様だ。
各論の部分について「第2章 胸部」を例にみていこう。構成は下のとおり:
- 第2章 胸部
- イントロダクション:解剖学的な「胸部」「胸部内臓」の定義
- 初期評価
- 身体診察
- 臨床検査
- 医用画像
- 特殊検査
- 器官系の概要
- 肺
- 概要
- 身体診察
- 画像
- 心臓
- (略)
- 食道
- (略)
- 肺
- 症例集
- 肺炎
- 定義
- 原因
- 鑑別診断
- 症状
- 身体所見
- 検査
- 慢性閉塞性肺疾患
- (以下略)
- 肺炎
つまり、胸部に共通する診察や検査が概説され、器官系ごとに特徴的な診察・検査が説明される。続いて、胸部の代表的な疾患について症例が呈示され、解説される。症例集を読んでモヤモヤするのは、診断が見出しになってネタバレしている上、主訴の呈示がされるだけでそのあとどうなったのか何もないこと。これだと思考の訓練としての「ケーススタディ」というよりは、キャッチコピーだ。「症例」をなかったことと考えれば、『病みえ』から治療以下を省いて簡潔にした「鑑別診断」のまとめの本と思えばいいかも知れない。
本から提供される情報自体は、コンパクトで的を得て、重要なものが多い。「Clinical Pearl」(臨床経験や知識に裏打ちされた医学的助言)のコラムは心に留めておくとあとで役立つだろう。鑑別診断の「ゴールドスタンダード」が随所に示され、同じ疾患にであったときに的確に鑑別を進められるようにもなっている。
一方で、省かれすぎて実際の診療にでたら困るだろうと思われることもある。例えば冠動脈の枝、肺区域、肝区域、鼠径部の腹壁の層の説明が見当たらないなどだ。アクティブラーニングの素材ならこれはこれで正解かもしれない。
現在の解剖学の代表的な教科書で、身体診察や医用画像を含まないのはない。それでも、実際の医療とは感覚がズレてたりすることはあるので、本書を補完的に参考できる。
身体診察や医用画像の教科書にも裏付けとしての解剖学は紹介される。
ケーススタディで思考訓練できるような教科書はある。医療ドラマも推奨される(1)。
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最後に、電子版がないのは残念だ。原著にはKindle版が用意されている。医書.jpで配信されたらいいと思う。教員の立場でいうと、授業のネタに使えそうだ。
- Prober, C. G., & Heath, C. (2012). Lecture halls without lectures–a proposal for medical education. N Engl J Med, 366(18), 1657–1659. http://doi.org/10.1056/NEJMp1202451
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