ベアー コノーズ パラディーソ 神経科学 脳の探求 改訂版

 

神経科学の教科書『脳の探求』が改定された。旧版が出版されたのが2007年6月なので、13年半ぶりの改定になる。この改訂版は2016年の原著第4版「International Edition」(*)の翻訳。第4版北米版は2012年2月だ。コネクトーム拡散テンソル画像(DTI)に神経科学者たちが沸いていた頃だ。実際、本書の表紙にもDTIが使われている。そこから日本語版まで9年くらい経ている。

北米の一般教養の教科書の多くと同様、本書の原著は高価だ。教科書のレンタルや古書流通が盛んなせいなのだろう。このような教科書には「国際版」が別に追加されることが多く、本書も同様だ。

原著は2020年4月にオンライン・コンテンツ(電子ブック、試験対策、ビデオ、アニメーション)が追加されて「Enhenced Fourth Edition」になっているが、日本語版にはオンライン・コンテンツは含まれない。本書は厚くて大きいので、読むのに扱いがやっかいだ。iPadで読めるような電子版が付属していたらよかったのだが。

 

 

本書はもともと、米国ブラウン大学の学部生向けの一般教養の授業の教科書として企画された。この授業は現在も「The Brain: An Introduction to Neuroscience」として継続され(Courses @ Brown)、本書の原著が教科書指定されている。コースの説明がそのまま本書の特徴に当てはまるのではないだろうか。

Introduction to the mammalian nervous system with emphasis on the structure and function of the human brain. Topics include the function of nerve cells, sensory systems, control of movement and speech, learning and memory, emotion, and diseases of the brain. No prerequisites, but knowledge of biology and chemistry at the high school level is assumed.

ヒトの脳の構造と機能に重点を置いた哺乳類の神経系の紹介。神経細胞の機能、感覚系、運動と言語機能の制御、学習と記憶、感情、脳の病気などを扱う。特定の既習科目は必要ないが、高校レベルの生物学と化学の知識のあることが望ましい。

 

序文:大学の講義をもとにした

 

難しくなりがちな神経科学が分かりやすく記述されている。全体が概要から詳細へトップダウンに構成され、適宜にまとめがある。章ごとにひとかたまりになっていて、どの章から読み始めても大丈夫だろう。

「第14章 脳からの運動制御」をみてみよう。章の冒頭で、ここで学ぶことの概要が示され、実際に則した例、投球するピッチャーの運動制御が提示される。この実例は、このあとに続く説明でも繰り返し使われることになる。

翻訳はおおむね読みやすい日本語になっている。まちがいもほとんどないようだ。一部の章の翻訳にぎこちなさ・読みにくさはある。

 

はじめに

 

まず記述の起点として、脊髄下行路、外側経路と腹内側経路の2つが、脊髄の断面図とともに提示される。

 

冒頭の概要提示

 

続いて、外側経路として皮質脊髄路と赤核脊髄路が、経路図とともに説明される。図はいずれも写実的ながら簡明で、柔らかな色彩で目に優しい。ページには余白が多く取られ、息苦しさがない。名称もその場で必要なものだけなので、読者が惑わずにすむ。皮質脊髄路と赤核脊髄路の機能の違いや系統発生学上の意義も簡潔に述べられる。一方の腹内側経路も同様だ。

外側経路と腹内側経路の詳細が済むと、いったんそれらのまとめの図が提示され、読者が学んだことを整理できるようになっている。

 

外側経路の詳細

 

腹内側経路の詳細

 

ここまでのまとめ

 

本文の合間に、「特別記事」と「発見への道」という2種類のコラムがあり、読者のモチベーションを引き止めている。「特別記事」はその場の記載に関連する発展的・臨床的なことがら、「発見への道」は、本文の記載のもとになっている発見とその研究者のストーリーだ。

 

特別記事

 

 

発見への道

 

最後に、この章全体のまとめのが図とともに示される。また文末が次章への導入になっていて、読者を読み進めさせている。

 

章末のまとめ

 

神経解剖図譜が、本の中ほどに挟まっている。図譜としてはごく簡単な内容だが、本文から参照するには十分だ。神経解剖学の授業が済んでいるなら読まなくても大丈夫。

 

神経解剖図譜

 

 

神経解剖図譜から、脳の断面図

 

一般教養向けの教科書なので、臨床専門の事項はほとんどない。医学生なら、本書の後には『ブルーメンフェルト』にトライしてみよう。逆に読み切れなかったら、よりやさしい本までスイッチバックしよう。

 

 

本書と同様の教科書に、『カンデル神経科学』『スタンフォード神経生物学』がある。いずれも日本語版が原著の改訂に遅れてしまっているので、アップデートを期待したい。神経科学の進歩ははやい。翻訳は翻訳専門の会社にアウトソースし、専門の研究者が監訳者として参画して科学的妥当性を保証したらよいのではないだろうか(羊土社のPEAK Booksの手法)。効率的に日本語化できるのではないだろうか。