ボールペンでは輪状甲状切開はできない

解剖学実習で、気道、周囲の血管や神経、甲状腺、それらの位置関係、深さ、質感をよくみておこう。気道を内腔からみた様子も覚えておこう。役に立つはずだ。

医療系TVドラマやアニメなどで、輪状甲状切開をするのにボールペンを振りかぶって突き刺そうとするシーンを見かける。

これがどういう経緯で伝えられるようになったのかは不明だが、医療関係でも伝聞されることがあるようだ。

しかし、ボールペンだけによる緊急気道確保に関する臨床データは、症例報告・観察研究・前向き研究・RCTのいずれもみあたらない。

少数の死体を用いた実験は数件ある。それによれば、ボールペンだけでの気道確保はほぼ不可能で、気道、血管、甲状腺などの損傷がしばしばだった。「成功」とされた例では、力任せに喉にボールペンを突き刺し、輪状軟骨は折れ、気管の後壁まで穴が空いていたという。

切開にポケットナイフを使い、ボールペンの外筒をチューブの代わりにした場合には、挿管までできる場合もある。しかし周囲組織の損傷は少なくなかった。

いずれにしても死体の実験なので救命できるかどうかは別の話。

正しい適応・禁忌・合併症・手技については、MSDマニュアルProceduresConsult 等、信頼できるソースで確認されたい。

輪状甲状切開は医師国家試験にも出題されている。

リファレンス

  1. Adams, Bruce D., and Warren L. Whitlock. 2002. “Bystander Cricothyroidotomy Performed with an Improvised Airway.” Military Medicine 167 (1): 76–78. https://doi.org/10.1093/milmed/167.1.76.
    交通事故で負傷した患者にポケットナイフとストローを使って路肩で輪状甲状切開を実施した症例報告。患者は負傷により死亡。
  2. Braun, Christian, Ulrich Kisser, Astrid Huber, and Klaus Stelter. 2017. “Bystander Cricothyroidotomy with Household Devices – A Fresh Cadaveric Feasibility Study.” Resuscitation 110:37–41. https://doi.org/10.1016/j.resuscitation.2016.10.015.
    一般人や医学生がボールペンのみまたはポケットナイフも使って死体に輪状甲状切開を試みた。ポケットナイフを用いると8割が挿管までできた。ボールペンを力任せに突き刺した例では周囲組織が破壊された。
  3. Kisser, Ulrich, Christian Braun, Astrid Huber, and Klaus Stelter. 2016. “Bystander Cricothyrotomy with Ballpoint Pen: A Fresh Cadaveric Feasibility Study.” Emergency Medicine Journal 33 (8): 553. https://doi.org/10.1136/emermed-2015-205659.
    ボールペンだけで新鮮死体に輪状甲状切開を試みたが、非常に困難であり、ほとんどのケースで成功しなかった。
  4. Langvad, Sofie, Per Kristian Hyldmo, Anders Rostrup Nakstad, Gunn Elisabeth Vist, and Marten Sandberg. 2013. “Emergency Cricothyrotomy – a Systematic Review.” Scandinavian Journal of Trauma, Resuscitation and Emergency Medicine 21 (1): 43–43. https://doi.org/10.1186/1757-7241-21-43.
    緊急時の輪状甲状切開に関するシステマティックレビュー。様々な手技の有効性と成功率が議論されている。
  5. MACÊDO, MARINA BARGUIL, RUGGERI BEZERRA GUIMARÃES, SAHÂMIA MARTINS RIBEIRO, and KÁTIA MARIA MARABUCO DE SOUSA. 2016. “Emergency Cricothyrotomy: Temporary Measure or Definitive Airway? A Systematic Review.” Revista Do Colégio Brasileiro de Cirurgiões 43 (6): 493–99. https://doi.org/10.1590/0100-69912016006010.
    緊急輪状甲状切開が一時的措置として有効であるが、恒久的な気道確保には適さないことを示している。
  6. Neill, Andrew, and Philip Anderson. 2013. “Observational Cadaveric Study of Emergency Bystander Cricothyroidotomy with a Ballpoint Pen by Untrained Junior Doctors and Medical Students.” Emergency Medicine Journal 30 (4): 308. https://doi.org/10.1136/emermed-2012-201317.
    未訓練の医学生と初期研修医による、メスとボールペンの軸を用いた輪状甲状切開の実験。成功率は低く(57%)、軟骨の損傷が多く、骨折もあった。訓練の重要性が強調されている。
  7. Park, Louise, Irene Zeng, and Andrew Brainard. 2017. “Systematic Review and Meta‐analysis of First‐pass Success Rates in Emergency Department Intubation: Creating a Benchmark for Emergency Airway Care.” Emergency Medicine Australasia 29 (1): 40–47. https://doi.org/10.1111/1742-6723.12704.
    緊急気道確保における初回成功率のシステマティックレビュー。訓練と経験の重要性が示されている。
  8. Zasso, Fabricio Batistella, Kong Eric You-Ten, Michelle Ryu, Khrystyna Losyeva, Jaya Tanwani, and Naveed Siddiqui. 2020. “Complications of Cricothyroidotomy versus Tracheostomy in Emergency Surgical Airway Management: A Systematic Review.” BMC Anesthesiology 20 (1): 216. https://doi.org/10.1186/s12871-020-01135-2.
    緊急気道管理における輪状甲状切開と気管切開の合併症を比較。輪状甲状切開は短期的には有効だが、合併症のリスクが高いことが示されている。

生成AIに関する告知:本稿の情報検索に一部ChatGPT4oが利用されています。