14歳からの生物学:学校では教えてくれない〈ヒト〉の科学
本書の原著は、オランダの中学校の教科書「Your Biology」。出版元はオランダのMalmbergという教科書出版社で、初等から中等教育、職業教育の教科書やデジタル教材を開発している。筆頭の監訳者が国際生物学オリンピックでの教科書展示で原著を知り、翻訳を決めたという。
発行日が2020年8月28日、はしがきの日付が2020年6月になっている。ダイアモンドプリンセス号のアウトブレイクが同年2月、WHOが新型コロナウイルス感染症のパンデミックを明言したのが3月、日本の最初の緊急事態宣言が4〜5月というような時期になる。
出版社が白水社というのが、ポイントかもしれない。人文系の一般書と、英語以外の語学書・語学教科書の出版社で、ちょっとハイブラウな感じ。医学や生物学からは遠い存在である。ヨーロッパの失われたビザンツ帝国だったり、医生物学にしても医学史から語る話だ。
思春期の女性が鏡を覗いて思いに耽っているアンビバレントな雰囲気のイラストが、カバーの前後と表紙に3点。これと「生物学」という言葉が絶妙にすれ違っている。
原題は『Your Biology』だが、邦題の『14歳からの生物学』は編集者が考案したという。副題「学校では教えてくれない…」の読み解きは、はしがきにある。
内容は全体に4つに分かれている。全体の内容は、医療系の大学・専門学校で習う解剖生理学、栄養学、衛生学の範疇だ。()内は評者による
- 呼吸 (呼吸器系のしくみと呼吸の健康を学ぶ)
- 栄養と消化 (消化器系のしくみとよい栄養を学ぶ)
- 循環系 (心臓血管系のしくみと健康な循環を学ぶ)
- 生殖 (生殖器系のしくみと生殖にまつわる暮らしを学ぶ)
それぞれが、まず基礎から始まり、その発展、そしてまとめと試験、その応用で締める。
読み応えのあるのがはしがきだ。現在の高等学校生物学、指導要領、それを作っている学者たちへの批判がある。「心肺」も「肝腎」もないテキストを学んだ人々の多くが、パンデミックをよく理解し耐えたと思う。
批判的主張は索引にもある。学校指導要領にない項目に下線が引かれている。
「Unit 2 栄養と消化」をみてみよう。中学生が将来健康な人生を送れるような、コモンセンスとしての情報が提供されている。日本では消化器系は中学生物でざっと説明されるが、高校生物には欠落している。
栄養学と消化器系の解剖生理だ。栄養を分子から説明するだけでなく、健康な食生活のアドバイスがある。また、ベジタリアンやビーガンについて、推奨も否定もせず、欠乏症で健康を害さないためにどうすべきかが説明される。
解剖生理学の項目では、消化器系が概観されている。大学教科書のような正確さはイラストにはないが、中等教育にそれは不要だし、バランスが崩れてしまう。
消化器系の病気も取り上げられる。
章末には、まとめと練習問題がある。教科書なので。
最後に発展的な項目がある。練習問題の後なので、テストには出題されないということなのだろう。生物全体を俯瞰するような内容が多い。ヒトを生態系の中で相対的にとらえる。
次に生殖のところをみよう。本書では系統的に述べられているけれども、日本の生物ではあまり取り上げられない。
基礎としてはまず性別から。容姿についてエビデンスに基づいたアドバイスがある。
生殖器のイラストがリアルに描かれ、都市伝説に流されないように説明がある(ここではモザイクをかけてある)。避妊や性感染症の説明も具体的だ。
ジェンダーの説明には、慈悲がある。
セールス上では、性教育の部分がセンセーショナルにフィーチャーされているけれども、本書のポイントはそういうことでもない気がする。ふつうのあたりまえの内容が記載されているので。本の紹介から:
意外なことだが、日本の生物学教科書には「ヒト」がいない。高校生物の学習指導要領には、生命の根源的な活動といえる生殖や病気の予防・治療という観点がそもそもない。 このため、大腸菌やハエの突然変異といった基礎生物学的内容はしっかり押さえているが、ヒトの生殖活動や感染症に関する記述はほとんど皆無である。
これに対して、オランダの中学生物教科書である本書には「ヒト」が溢れている。
サルモネラ菌による食中毒からメタボリック・シンドローム、アルコール中毒まで、文字通り、ヒトが生きていくための生物学がオールカラーの図版とともに露骨なまでに展開されている。
特に重要なのは、生殖に関する部分だ。月経の仕組み、射精から受精までの経過、妊娠のメカニズムや妊娠判定の様子、さらに避妊方法を綺麗な図や写真を使って紹介している。
コロナ禍の下、十代の妊娠相談が相次いでいる。背景にあるのは「ヒトの生物学」の不在だ。本書には感染症から薬物依存に至るまで、十代が自分をいかに守るか、その術がシンプルに語られる。コロナ時代を生き抜く武器としての「理科」への誘い!
本書のカラー図版のトーンは、調整したほうがよさそう。コントラストが強く、彩度が高すぎる。グラフの色分けで、緑と青との区別が付きにくい(緑の方が黄版の分だけ光沢があるので反射をみればわかるが、本はそうやって読むものではないし)。
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