小説みたいに楽しく読める脳科学講義
『小説みたいに楽しく読める』シリーズの4冊目は、脳科学。羊土社のサイトで、一部を読める。
著者自身のnoteがある:
初刷りには、特製しおり4種類のうち、1枚がランダムに入っている。しおりはシリーズの各巻を表している。レアものナシなので、コンプリートするのに必要な冊数の期待値は、8.333…冊になる。コンプリートして、各巻に挟んでおこう。
装幀や扉イラストは、シリーズ共通で、枠線のニヤリとする仕込みや、帯を外したときのカバーのワチャワチャは健在だ。ハリネズミがいるということはSEGAがでてくるのだな、とか、有髄線維にぶら下がってブランブランしているのはアレだな、とか、ひょろ長い細胞をよじ登ってるのは生まれたてなんだな、とか、本を読んで謎解きできる。
「神経科学」は広範でディープな研究の集まりである。医学や生物学だけでなく、心理学やコンピュータサイエンスまで及ぶ。そのスケール感を、代表的なテキストの紙面面積と、日本の学会の会員数でみてみよう。
Gray’s Anatomyは初版から数えて約160年。HarrisonとSabistonはその半分の70~80年。MBoCとKandelはそのまた半分の40年。神経科学は、近年急速に発展して、スケールではクラシックなサイエンスに匹敵するようになったといえる。一方で、会員数でいうと神経科学会は小規模な方だ。つまり、会員当たりのスループットが卓越していたといえるかもしれない。
ことばを「脳科学」に変えてを検索すると、「脳科学的にいえば…」で話し始める人たちの本だけでなく、多分サイエンスの範疇から外れていそうな読み物も多数ヒットしてくる。この『小説みたいに楽しく読める脳科学講義』はどうだろうか?
著者は東北大学教授で神経発生が専門である…というような紹介では、多分足らない。両親とも科学者で、副学長で、分子生物学会理事長(2013~14)で、いろいろな大型の研究プロジェクトに参画して、日本学術会議会員で、内閣府健康・医療戦略参与で、と、大物である理由ならたくさんある。(なお、オートファジーでノーベル賞を受賞した大隅 良典氏とは親族ではない。)
神経科学の膨大なテーマから読み物を制作するとなると、一定のフォーカスを定めることにはなる。電気生理やいろいろな神経回路の機能の読解は、神経科学の大きなテーマだけれども、本書では神経発生・発達・老化の話の方が充実している。
もくじ
- はじめに
- 第1章 脳の構造と機能のおはなし
- 第2章 さまざまな動物の脳と脳をつくる細胞のおはなし
- 第3章 脳の発生のおはなし
- 第4章 脳の発達と老化のおはなし
- 第5章 脳科学研究のいま
- おわりに
で、話が易しいか難しいかでいうと、難しめの方に偏るかもしれない。いろいろな研究者や遺伝子がたくさんでてくるので、歴史書が難しいのと同じ感じだ。でも、本書の楽しみは難しいかどうかではない。夏休み最終日に宿題の感想文を書くときのように、「おわりに」から読んだらわかる。
科学は人々の生活を支える基盤であると同時に、エンターテインメントでもある
これはたぶん、『小説みたいに楽しく読める』シリーズのキモなのではないだろうか(編集部に確認したわけではないけど)。ちゃんとした先生に勉強を習うと、ちょっとうれしいのである。
『脳科学講義』はちゃんとしているので、安心して楽しめる。扉絵は、それぞれの章の「講師」が「講義」をしている。第1章は著者、その他はそれぞれの章の代表的な研究者だ。
第1章は、ほかの神経科学のテキストでも第1章になりそうな、脳の機能解剖だ。そういう章にはありがちな、ホムンクルスの図がある…あるけれども、つい昨年(2022年)アップデートされた、統合領域を含む図もある。現役の研究者でなければ、知らずに昔のホムンクルスだけ載せていたかもしれない。
本書には、こういう、つい最近のアップデートが随所に出てくる。「右脳・左脳」とか、「フィニアス・ゲージ」とか、「都市伝説」っぽいことの修正もある。「知ったか」をするのも勉強の楽しみかもしれないが、間違ってプロの研究者に知ったかしてしまったときにも安心だ。知ったかは教員の業務でもあるので、教員のネタ本としても頼りになる本だ。
そして全体として、現在の研究者たちの捉え方で、脳を知ることができる。グリアの役割であったり、研究方法であったりだ。
文章だけでは分かりにくい部分には、ちゃんと図が入っている。
各章末には、用語解説と参考文献がある。参考文献は、本文の論拠に使った論文というより、さらに勉強したい読者のためのおすすめ本になっている。
専門誌の特集とか連載なら最新の話題を取り上げるだろうけれども、陳腐化が早くなりがちとのことで成書ではそういうのは控えがちだ。しかし、本書ではそれにも果敢に挑む。ヒトの脳の進化のきっかけになった遺伝子の件はエキサイティングだ。エキサイティングであるだけでなく、その関係者が本書の執筆中にノーベル賞をゲットした。
最終章では、光で局所の神経機能をコントロールする技術「光遺伝学」などがとりあげられていて、エキサイティングだ。VRやARもでてきて、ギークだ。
巻末にはさくいんがある。教科書っぽい。
担当編集は「後輩」さんで、羊土社の (Twitter)に載っている「ひつじ社員」のイラストやクラフトを作っていたりもする。本書にも「ひつじ社員」がでてくるので、探してみよう。
電子版もある。
もし本書を読んで、より詳しく知りたい、あるいは、本書にはない話に興味ある、あるいは仕事で必要だ、ということであれば、次の入門書をもう一冊くらい挟んで専門書にいくか、いきなり専門書にアタックするのもいいだろう。医師の仕事に使いたいということなら、そういう方面のテキストを、これも2段階くらいで。
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