ムッター博物館のバルーンマン

米国ペンシルバニア州フィラデルフィアのセンターシティの外れ、22番街にあるのがMütter 博物館だ。解剖学・病理学の標本、蝋人形、アンティークな医療器具など、コレクション3万5000点を擁する。

1858年にトーマス・デント・ムッター博士が、医療関係者と一般市民の教育のために自身のコレクションを寄贈したのが始まりで、フィラデルフィア・カレッジ・オブ・フィジシャンズが運営母体になっている。

博物館は、最近数十年をかけた改修を終えて、キレイになった。ところがその一方で、ホームページからコレクションのほとんどの画像や動画が削除されてしまった。コレクションの倫理関係の再検討を始めたのが理由という。つまり、コレクションはそこに行かないとみられない。

火曜定休、18歳以上$20、6~18歳$15、5歳以下無料、大学生$15(学生証提示)。展示物の撮影禁止。ストローラー禁止。マスク着用推奨(本日現在)。

 

Mutter Musium (Wikipediaから)

 

 

コレクションのうちのいくつかは、ムッター博物館のYouTubeチャネルなどでみることができる。あとはタレントなどのビデオ。

 

 

人気の標本の多くも、サイト上で非公開になってしまった。進行性骨化性線維異形成症で亡くなった2人の骨格。死蝋で覆われた遺体。

そしてバルーンマン。

「バルーンマン」は見世物小屋での芸名で、その男性が1892年に29歳で亡くなったときには、大腸内に18㎏の便を残していた。今でいえばヒルシュスプルング病、別名、巨大結腸症(メガコロン)である。

ヒルシュスプルング病は、腸管神経系の形成異常である。

消化管の壁には、自律的な神経のネットワークである腸管神経系、すなわち、筋層間神経叢(アウエルバッハ神経叢)と粘膜下神経叢(マイスナー神経叢)がある。

Myenteric plexus

 

ここには、4〜6億個のニューロンがあるという(ヒトの場合)。ヒトの大脳で約160億個、小脳で約690億個、脳全体では約860億個というから、大脳の3〜4%くらいだ。アカゲザルの大脳皮質で約5億個なので、それに匹敵する。

腸管神経系は、神経堤細胞が腸管壁に遊走し、増殖し、ネットワークを形成してできる。この過程のどこかに障害があって、先天的に腸管神経系に異常が生じる。原因の一方は神経堤細胞に内在する異常、もう一方は神経堤細胞の周りの環境の要因だ。いずれも現在では解明が進んでいる。

  • Lampus, Harsani. 2023. “Overview of Hirschsprung Disease: A Narrative Literature Review.” Sriwijaya Journal of Pediatrics 1 (1): 14–16. https://doi.org/10.59345/sjped.v1i1.14.
  • Ha, Jerry Long Hei, Vincent Chi Hang Lui, and Paul Kwong Hang Tam. 2022. “Embryology and Anatomy of Hirschsprung Disease.” Seminars in Pediatric Surgery 31 (6): 151227. https://doi.org/10.1016/j.sempedsurg.2022.151227.
  • McKeown, Sonja J, Lincon Stamp, Marlene M Hao, and Heather M Young. 2012. “Hirschsprung Disease: A Developmental Disorder of the Enteric Nervous System.” Wiley Interdisciplinary Reviews. Developmental Biology 2 (1): 113–29. https://doi.org/10.1002/wdev.57.

 

 

消化管に遊走する神経堤細胞は、まず迷走神経に沿って頭頸部の神経堤から遊走する。それが尾側に拡がって腸管全体に分布する。その後に仙骨部の神経堤からも遊走して回盲部くらいまで吻側に拡がる。

そういうわけで、80%くらいの症例で、腸管神経系の異常はS状結腸から直腸の範囲に限局していて、5%くらいが腸管全体に及ぶ。症状は、便秘(ときに下痢)、食思不振、低成長、そして腹部膨満が現れる。

腸管神経系に異常のある(aganglionic 無神経節の)部位で腸管の機能的閉塞が起こり、その吻側の腸に内容物が蓄積して拡張してしまう。つまり、拡張部に異常があるようにみえるけれども、そこは正常。異常なのはその先の部分だ。

治療には、肛側の無神経節の部位を外科的に切除し、健常な部位を肛門につなげる手術を行う。動物を使った研究では、iPS細胞から作った神経節細胞を移植することも試されている。

フィラデルフィアのセンターシティーには、「リバティーベル」(米国独立の象徴)、「フィラデルフィア美術館」(ロッキーが駆け上った)、市庁舎(市の中心にある)など、米国民のおのぼりさんも訪れる観光名所が多い。

 

 

 

ムッター博物館は見落とされそうだが、医療関係者は行ってみよう。行ったら、メガコロンのぬいぐるみを買ってこよう。ネットショップで購入できるけれども、日本からだと品物より送料が高くなってしまう。

主な観光地には、「RIPLEY’S BELIEVE IT OR NOT! MUSIUM」というもある。医学関係のもあるが標本ではなく模型。こちらはまあ、観光なので。