キリンのひづめ、ヒトの指:比べてわかる生き物の進化
「キリン博士」の新刊。
この新刊は、NHK出版のサイトにあった連載記事の書籍化である。もとの連載に大きく加筆されて本になっている。連載の元ネタは、理系の大学での授業「動物解剖学」だった。それだけに、ライブ感がある。(連載のほうは、エッセンスだけのアーカイブになっている。)
前著『キリン解剖記』はキリン愛があふれていたけれども、動物全体への愛情もゆたかだ。
オビにも本文にもある「ざんねんな進化」はない!という元ネタは、NHK Eテレのアニメにもなった「ざんねんないきもの事典」シリーズだろう。「ざんねん」のほうは、進化のみどころをシニカルな視点でつかまえていて、子どもたちにうけている。あえて「ざんねん」とキャッチーにいっているだけだけれども、ブームになってみんがな「ざんねん」「ざんねん」というと、進化への理解も歪んでこようというものだ。
カバーには、キリンの背に乗った筆者が描かれている。カバーを外すとキリンの模様になっていて、伏せるとキリンの背のようになる。よくみるとドット絵で描かれていて、ザラッとした紙のテクスチャーとのコントラストが印象的。
内容は、脊椎動物の比較解剖と進化で、系統別にワンテーマが各章に割り振られている。
- はじめに――解剖からひも解く生き物の進化
- 第1章 肺 息苦しい水中への対応策
- 第2章 手足 手のひらを返すヒト、返せないキリン
- 第3章 首 頭と肩に挟まれた隙間
- 第4章 皮膚 外から支える偉大な「臓器」
- 第5章 角 その不思議な魅力
- 第6章 消化器官 たくさん食べるか、無駄なく消化か
- 第7章 心臓 はるか遠くへと血液を運ぶ旅
- 第8章 腎臓 「毒」の排出を担う器官
- 第9章 呼吸器 酸素の取りこぼしを減らす工夫
- 第10章 進化とは妥協点を探ること
- あとがき――自分の体を知ることは
本学ではもうすぐ解剖学実習が始まる。スケジュール的に近い上肢の解剖のところをみてみよう。
ヒトやサルでは、前腕の骨は2本で、橈骨と尺骨が並んでいる。それらが交差することによって、前腕の回外・回内が起こる。樹上生活で、枝を伝わって移動するのに適している。
前腕の骨がこうなっていない脊椎動物も少なくない。キリンやウシをはじめとする偶蹄類、ウマの奇蹄類では、橈骨と尺骨が癒合して1本になっている。前腕の回旋はできなくなったが、代わりに強度を増した。草食動物には疾走して肉食動物から逃げ切れることが重要で、それには有利だ。
ちなみに、カエルの前腕も1本だ。前腕だけでなく、全身にわたって骨の数が少ない。これは軽量化に役立っていて、ジャンプするのに有利になっている。
解剖実習では、上肢の解剖の後は体幹の内臓だ。消化管のところをみてみよう。
動物はもともと肉食だったといわれ、食物の得にくい状況に対して草食を進化させた。ヒトは雑食で、必須ビタミンや必須アミノ酸を食事から得られるので、胃はひとつ。農耕や調理を発達させて、吸収効率も増してきた。
一方で、草食動物はどうか。消化しにくい植物を、大量に食べるか(ゾウなど)、腸内細菌の助けも借りてゆっくり効率的に消化するか(キリンやウシ)にわかれた。ヒトがビタミンB12欠乏にならないのは、草食動物の腸内で産生されたのを得られているからだ。
進化は進むだけで後戻りはめったにしない。そのなかで棲む状況に合わせて動物は進化してきた。なかには、袋小路のような進化になった状態もあって、それをシニカルにとらえることもできる。はんたいに、それを頑張って進化した、よくやった、ともいうこともできる。現状では、シニカルの方が営業的に有利っぽいけれども、そうやってCOIに絡みとられると、サイエンスとして足元をすくわれる。
最後に「解剖学を学ぶ理由」。まあ、医学部でも学生から聞かれることではある。なんでこんなに覚えるの? とか、画像解剖学はやらなくてよくない? とか。教養課程で解剖生理学や人体解剖学や脊椎動物の比較解剖学を学ぶ機会の多い米国でも、同じなんだろうなあ。米国には比較解剖学の良書が多いけれども、ガンバって読めたのは冒頭だけだったりする。
ISE Vertebrates: Comparative Anatomy, Function, Evolution
知識は何だって、限界状況で役に立つ。仕事や状況によって役立ち度は違うだろうけど、コロナになって、微生物学、免疫学、分子生物学、解剖生理学、画像解剖、統計学など、いろいろ学んでおいてよかったと思ったはず。
解剖学だけをとっても、人体だけを学んだのでは、取りこぼす視点がある。視点を拡げる簡単なやりかたが、「人外」との比較と、進化へのマッピングだ。そういう、もののみかた、考え方を、本書をたのしく読んでいくうちに気づけるだろう。
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