バーチャルスライド 口腔組織学
バーチャルスライドへのアクセスが付属している口腔組織学のテキスト。『バーチャルスライド組織学』に続く、歯学科向けの姉妹巻だ。
『バーチャルスライド組織学』の発行は2020年3月29日で、志村けんさんがCOVID-19で亡くなった日だった。大学の授業がリモートになり、新年度の実習をどうするか、混乱していた。このテキストに救われた授業もあったろう。『バーチャルスライド口腔組織学』の筆者らの授業もそのひとつだったらしい。
それから1年半を経た。感染に注意しながら、いまは実習をやれている。しかし、リモートで授業をしている間に使い慣れたテクノロジーは、べつにやめなくてもよい。組織学や病理学の実習はもともとバーチャルスライドに利点がある。筆者らの授業でも2021年度からは、バーチャルスライドと顕微鏡の両方を使った実習になっているという。
バーチャルスライドの装置自体は、多くの医学部や附属病院に導入されている。しかしそれを授業に使うには、バーチャルスライドのデータを授業用に制作しなければならない。データ化すると、元のスライドの品質が気になったりもする。授業では場所を選んでスケッチしてもらうこともできるけれども、バーチャルスライドでスライド全体が画面で見渡せるようになると、粗が目立つものだ。スライドを作り直したくなる。筆者らも一部そうしたらしい。
本書のバーチャルスライドで使われたのは、浜松ホトニクスのNanoZoomer。他に、オリンパス、ライカ、カールツァイスなどが、バーチャルスライドシステムのメーカーだ。なかなかのコストである。
『バーチャルスライド組織学』と『バーチャルスライド 口腔組織学』は、本とバーチャルスライドのデータへのアクセス権とがセットになっていて、ブラウザとネットがあれば使える。教科書指定するだけでお手軽に授業できる。羊土社会員に登録して(無料)、綴じ込みのアクセスコードを入力すれば、バーチャルスライドを使えるようになる。コードの入力は最初の一度だけだ。
『バーチャルスライド組織学』は416ページ、『バーチャルスライド口腔組織学』は208ページなので、ちょうど半分の厚さだ。判型はB5ピッタリで、B5変形(幅だけ210mmでA4と同じ)の『バーチャルスライド組織学』より幅が狭い。
200ページのうち、序論・総論は48ページ、各器官の各論が
『バーチャルスライド組織学』はアトラスとしての性格が強い。顕微鏡写真がたくさん載っていて、組織学自体の解説はミニマム。提供されているバーチャルスライドのデータは紙面上の写真の一部で、72点が提供されている(2021年8月現在)。組織学の教科書のコンパニオンとしての使用が想定されていたと思われる。本の企画はコロナ以前だから、リモート授業までは視野になかったかもしれない。
『バーチャルスライド口腔組織学』で提供されているのは、91点(口腔・歯が38点、それ以外が53点)。紙面に掲載されたスライドはいずれもバーチャルスライドになっているようだ。序章では組織標本の作り方、顕微鏡の使い方、スケッチの仕方から説明され、組織学的な解説が各章の始めにある。本書だけで組織学実習のリモート授業に使える構成だ。
片面または見開きにスライドがひとつあり、バーチャルスライドの弱拡大の全体像と、強拡大の各部の画像とがレイアウトされている。このとおり観察をしていけば自己学習になる。
スケッチの見本が章末にあって、スケッチをどの程度仕上げたら合格点になるかの目安になる。実用的だ。
歯や口腔の部分には、貴重な標本がすくなくない。研磨標本は歯学科ならではだ(本書の表紙にもなっている)。胎児や幼児の標本は、歯学科としての歴史が長くないと、おいそれと持ち合わせていないとおもわれる。
バーチャルスライドのアクセスはスムーズだ。羊土社会員のページにアクセスし、リンクをたどるとスライドがブラウザ上で表示できる。ズームやパンもスムーズだった(SINETに有線で接続されていて、ダウンロード/アップロードとも1 Gbps近くでているのもあるかもしれない)。
なお、バーチャルスライドのスキャナによる制限かもしれないが、一部のスライドにもう一息ディテールのほしいのはある。例えば、精巣のスライド。細胞分裂像や精細胞のしっぽがありそうだが、解像度が足らず同定できなかった。
また、色補正をできたらよいのにと思われるのもある。画像処理とか、スキャナの光路に色補正フィルターをいれるとかで、変色は補正できそう
本当の本当は、国内の各医学部・歯学部のもつスライドをまとめてバーチャルスライドにして、チャンピオンデータを集めるようなプロジェクトがあったらいいが。再制作の困難なスライドの継承にもなる。
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