Thiel法だから動きがわかりやすい!筋骨格系の解剖アトラス 上肢編―Web動画付
イギリス18世紀の解剖学者ジョン・ハンターは、「近代外科学の開祖」とも呼ばれ、多くの人体解剖をもとに、それまでにない科学に基づいた手術を考案していった。現在は、そうした外科学のための解剖は細々としか行われなくなってしまった。しかし、世界的にその重要性が見直されてきている。
日本では2014年以降、厚生労働省が日本外科学会・日本解剖学会とともに「実践的な手術手技向上研修事業」を進めてきた。本学でも2019年度に「群馬手術手技研修センター」が整備され、献体された解剖体を用いた外科学の研修がすでに数回実施されている。
こうした外科学のための解剖では、医学科の授業で使うホルマリン固定とは異なる遺体保存法が使われる。ひとつは凍結保存、もうひとつの方法が、本書でも使われているThiel法だ。
Thiel法は防腐性・保存性がありながら、ホルマリン固定のような組織の硬化や変色が少なく、固定後も生組織のような柔軟性が保たれる。そのため、手術手技研修で広く採用されている。「群馬手術手技研修センター」でも使われている。
さてそろそろページが一旦文字で埋まったと思うので、本書をみていこう。
この下の写真の閲覧にはご注意ください。閲覧して気分が悪くなるなどのおそれがあります。それでも、ご献体された方やそのご遺族の尊厳を大切にしてください。画像の転載はお控え願います。一部の写真にはモザイク処理が入っています。
本書は解剖アトラスだけれども、普通のアトラスとは異なるのが、関節運動を写真や動画で多数みせているところだ。Thiel法がこれを可能にしている。
著者は理学療法士の学校で学生の育成に当たられており、著者が研究生として解剖を学んだ名古屋大の解剖学者が監修した。
本書で取り上げられているのは、上肢の構造と運動、体表解剖だ。Ⅰ〜Ⅲ章が上肢各部の運動、Ⅳ章が体表解剖になっている。
各章とも生きている人の体表の写真につづいて、解剖体の写真で軟部組織や骨格の構造が示される。Thiel法で固定されているので、生体のままの色調や質感が保たれている。ホルマリン固定のような組織同士の固着がないので、浅筋膜や深筋膜を「膜」として「剥ける」様子がわかる。
筋膜・血管・神経は概ね取り除かれ、キレイに剖出された筋・腱・靱帯・骨・関節を使って、それらの動きが説明される。
一部の写真は動画のキャプチャで、[▶動画]とマークが入っている。肢位・カメラ位置・状態が明記され、みる人がオリエンテーションをつける助けになっている(これらがないと何が映っているのか分からないのだ)。
動画にアクセスして、前腕の回旋運動を実際にみてみよう。動画のページにアクセスすると「シリアルコード」と「ログインコード」を求められる。シリアルコードは冊子のシールの下にある。ログインコードはページのどこかにある。
動画のリストから冊子の写真にある番号「B-1」を探してクリックすると、動画を見られる。プラグインなどのソフトをインストールする必要もなく、スムーズに再生される。Safariでは全画面表示やAirPlayも可能だった。
「運動」と行っても、生体ではないので筋収縮はおこらない。この前腕の回旋運動は、受動的な「運動」になっていて、周囲の軟部組織の張りや弛みの様子から、関節の可動域や筋の作用を推定することになる。それでも、関節の固まったホルマリン固定よりもずっとリアリティーがあり、視覚的に関節運動を理解できる。
また、筋を収縮させるかわりに、腱を引っ張って関節運動を起こさせた動画もある。例えば、指の屈曲の動画では、浅指屈筋、深指屈筋、虫様筋をひとつずつ引っ張っていて、これらの作用の違いがよく分かる動画になっている。
Ⅳ章は視診と触診のための体表解剖だ。それらの目安となる骨の凹凸、靱帯、腱などが、実際に剖出した構造で示される。
理学療法の学校では、医学科のような詳しい解剖実習はない。学校によってはすでに剖出された標本を観察する「見学実習」が行われるけれども、たいていは1日くらいだ。そういう学校で関節運動の解剖を詳しく実地に学ぶのに、本書は役立つだろう。
本書では血管や神経は削除されているけれども、剖出のポリシーを変えて他の医学系の教育や手術手技の研修に役立つようなテキストも成り立ちそうだ。
ひとつだけ希望したいのは、解剖体の性別と年齢、できればおおまかな体格のようすも付記しておきたかったこと。運動器系でも、性差、年齢差、個人差は大きいので。
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