BIRTH いのちの始まりを考える講義

本書では、著者2人が生殖補助医療を発生生物学の知見に基づいて語る。原著から日本語版まで、巧妙に企画され、制作されている。最近日本で生殖補助医療に関する法律が初めて定められ、保険適応も検討されている。これらを科学的に正しく考える助けになるだろう。

 

著者

 

ギルバート博士は米国の発生生物学者で、その『Developmental Biology』は発生生物学の「バイブル」とも賞されるテキストだ。(細胞生物学なら『Molecular Biology of the Cell』、生理学なら『Guyton and Hall Textbook of Medical Physiology』に相当する。)また生物の発生を遺伝子と環境とを統合して考える学問を提唱して、そのテキスト『Ecological Developmental Biology』を著してもいる。いずれも日本語版がある。

 

ピント-コレイア博士も発生生物学者で作家でもある。自身の不妊治療体験を元にした著作も多い。

 

タイトルや表紙のデザインは、原著とこの日本語版とで印象が全く異なる。原著の表紙はムンクの「マドンナ」を思い起こさせる。タイトルは「Fear」で始まり、直訳すれば「恐怖、驚異、サイエンス – 生殖バイオテクノロジーの新時代」だろうか。本書の第9章で語られるように、これでは売れなそうだ。

 

 

日本語版ではタイトルがポジティブになり、ポップなアートワークとギルバート博士の「奇跡の一枚」で彩られた。表紙買いしそうだ。翻訳は翻訳専門の株式会社トランネットに任され、専門書の翻訳のような読みづらさや誤訳に悩まされることがない。日本の発生生物学者が監訳者として生物学的な正しさを保証し、原著出版後の生殖補助医療の動向を傍注として付け加えてもいる。

 

カバーのハンサムなギルバート博士

 

カバーは帯の役割も兼ね、それを外すとスッキリと美しい表紙が現れる

本書の成り立ちは目次によく現れている。全体が5部構成になっていて、ギルバート博士がまず発生生物学に基づいて概念を整え、それを踏まえてピント-コレイア博士が生殖補助医療を語る。

 

ギルバート博士とピント-コレイア博士が交互に語る

 

第1部をみてみよう。ギルバート博士が先に、『ハリー・ポッター』の「闇の魔術に対する防衛術」に倣って、ヒトの発生学にまつわる誤った説明のしかた(闇の魔術)を科学に基づいて(防衛術)正していく。「闇の魔術」として使われるのが「直喩とメタファー(暗喩)」だという。

科学的な事実をそれに似たものに例えることは科学者自身も使うけれども、それが誤った概念をつくることもある。DNAがヒトをつくる、ヒトそのものである、というのもそのひとつだ。実際には、胎内や出生後の環境要因や学習によって発生や発達が影響されるにも関わらずだ。自動車の単なる設計方針をDNAに例えることさえある。そこで、ギルバート博士はDNAを「設計図」ではなく「楽譜」に例える。個々の演奏によって音楽が完成するからだ。

 

闇の魔術に対する防衛術

 

さらに強力に概念に影響するのがイメージだといい、ニルソンの胎児の写真を例に取り上げる。中絶反対論者のプロパガンダに利用されてきたが、これらが中絶された死んだ胎児の写真であることはあまり知られていない。

ニルソンは中絶された胎児を撮影した

ニルソンの著作『A Child is Born』から

 

ギルバート博士に続いて、ピント-コレイア博士が生殖補助医療を語る。「私は、無知と偏見がもたらす、不妊についての作り話を追い払いたいのです」という。自身が哺乳類クローニングの研究に携わりながら、生殖補助医療に翻弄されたことから、切実な書きぶりだ。

 

ピント-コレイア博士が生殖補助医療を語る

 

最後の第5部は特別で、ピント-コレイア博士が先に、ギルバート博士が後になっている。ギルバート博士が、生態学や環境保護でも口にするのは憚られる、不都合な真実を語るからだろう。ここには日本の少子化対策もでてくる。