事前確率によるPCR検査の信頼性

 

事前確率(罹患率;ある集団の罹患者の割合;ここでは発症前の感染者や無症状の感染者も含むこととする)によるPCR検査の信頼性の変化をグラフにした。

PCR検査の性能の尺度である、感度(真の感染者を正しく陽性とする割合)と特異度(真の非感染者を正しく陰性とする割合)については推測値しかない。これらは相反していて、カットオフ値の設定(どの値—RT-PCR法のCt値—を境に判定するか)によって、一方を増やせば他方が減る関係にある。検体採取のタイミングや手技、検査機関の練度、献体数の多寡などの条件にも影響される。ここでは仮にそれぞれ70%、99.9%とした。「信頼性」として算出したのは、陽性判定を誤る(実際は感染してない)割合と、陰性判定を誤る(実際は感染している)割合。いずれも、値が小さいほどよい。感度と特異度が既知で一定のときに検査結果から逆に事前確率を推定できるよう、陽性判定の割合も算出して、グラフに加えた。

架空のシナリオを設定して、グラフを読み解いてみよう。

【シナリオ 1】群馬大学で新型コロナウイルスの感染者の報告が8月に1名あった。学生と教職員の全員をPCR検査すれば「安心」か?

事前確率が0.1%(前橋市の検査時点の感染者が300人いるのに相当;8月末で累計100人弱なので桁違いに多い仮定になる)とすると、群馬大学全体の8,700人(学生6,300人と教職員2,400人)のうち感染者は9人、非感染者は8,691人になる。感染者のうちPCR検査で正しく陽性とされるのは6人(感度70%より)。また、非感染者のうち正しく陰性判定になるのは8,682人(特異度99.9%より)。

集計すると陽性判定になるのは15人になるが、そのうち偽陽性が9人。陰性判定になるのは8,685人になるが偽陰性が3人いる。PCR検査の陰性者を選抜すれば、検査後の確率は1/3に減るがゼロにはならない。一方、陽性者を隔離するとしても、偽陽性者のほうが多いので相互の接触は厳に避けなければいけない。

事前確率が低い集団の全員にPCR検査を施してもリスク低減は相対的で、依然全員に感染防御策が必要なことは変わらない。科学的に企画されない調査のデータは研究にも使えない。検査自体や隔離のコストに見合うかどうかは要検討。自費のPCR検査が18,000円とすると、全員分で1億6千万円になる。接触確認アプリを全員にインストールさせ、本学附属病院の感染症対策に費用を充てたほうが効果的ではないだろうか。

事前確率=0.1% 感染者 非感染者
PCR検査陽性 6人 9人 15人
PCR検査陰性 3人 8,682人 8,685人
9人 8,691人 8,700人

【シナリオ 2】解剖学の履修生120人から有症状の感染者が若干名発生したので、履修生全員をスクリーニングしたら陽性者が25人になった。

陽性者の数から事前確率は30%程度と推定され、36人が感染していると考えられる。このうち陽性判定になったのが70%の25人ということだ。非感染者84人のうち、偽陽性になるのはほぼゼロ。陰性判定95人のうち11人は感染しているので、たとえ陰性で無症状でも無罪放免にはならず、一定期間の自宅待機を要する。この間はクラス単位の出席停止などの措置がとられ、遠隔授業になるはずだ。

事前確率=30% 感染者 非感染者
PCR検査陽性 25人 0人 25人
PCR検査陰性 11人 84人 95人
36人 84人 120人

【シナリオ 3】ある市場で感染者が相次いでいたので、任意で3,500人を検査したところ、72人が陽性だった。

陽性者の数から事前確率は2.8%程度と推定され、98人が感染していると考えられる。このうち陽性判定になったのが70%の72人ということだ。非感染者3,402人のうち、偽陽性になるのは3人。陰性判定95人のうち29人は感染している。インフラでもあり事業所全体の停止が困難なら、感染防御策をより厳しくする必要があろう。

事前確率=30% 感染者 非感染者
PCR検査陽性 69人 3人 72人
PCR検査陰性 29人 3,399人 3,428人
98人 3,402人 3,500人

特異度が99%とだとどうか

事前確率10~50%の範囲で陽性判定中の偽陽性の割合が1桁程度増える。

参考

4のウエブ版にインタラクティブな計算表があって便利。

  1. ニューズウィーク日本版|【独占】押谷仁教授が語る、PCR検査の有用性とリスクとの向き合い方
  2. The SPELL blog|新型コロナウイルスPCR検査は国民全員に行うべきなのか
  3. Woloshin, S., Patel, N., & Kesselheim, A. S. (2020). False Negative Tests for SARS-CoV-2 Infection — Challenges and Implications. New England Journal of Medicine, 383(6), e38. http://doi.org/10.1056/NEJMp2015897
  4. Watson, J., Whiting, P. F., & Brush, J. E. (2020). Interpreting a covid-19 test result. BMJ (Clinical Research Ed.), 369, m1808. http://doi.org/10.1136/bmj.m1808
  5. BuzzFeed|「検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせる」は正しいのか? 疫学の専門家に聞きました
  6. BuzzFeed|無症状の市民に幅広くPCR検査をやるのがマズいわけ
  7. タカラバイオ株式会社|新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)検出キット
  8. 国立感染症研究所|RT-PCR法によるSARSコロナウイルス遺伝子の検出
  9. 大阪大学微生物病研究所|ウイルス検出法

アイキャッチ画像:MDG continues measures to limit COVID-19 spread