進化の技法 — 転用と盗用と争いの40億年 / ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト

進化の技法――転用と盗用と争いの40億年

進化の技法――転用と盗用と争いの40億年

ニール・シュービン
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水棲から陸棲へ、恐竜から鳥へというような、からだの形、働き、生態がおおきく変わる進化を「大進化」という。

筆者のシュービン氏は本書で、生物の進化史、進化研究の科学史、筆者自身の研究の沿革を織り交ぜて、この大進化が起こるしくみに切り込む。

カバーのイラストは肺魚。鰓と肺で呼吸する魚だ。カバーを外した表紙にはとうもろこしのイラストがある。

このイラストに原題『Some Assembly Required』がある。イケアのような組み立て家具からガチャのおもちゃまでにある「組み立てが必要です」という注意書きのこと。日本語版は、タイトルも副題も装丁もちがっていて、よりキャッチーで洗練されている。みみず書房の作品だ。日本語版のタイトルは内容を逐一表していて、大進化の仕組みを擬人化している:

  • 既存の構造を、以前とは異なる機能に使われる
  • 重複した遺伝子が転用されて、以前とは異なる構造や機能が生じる
  • 重複やウイルスによるゲノムの攪乱を抑制するはたらきがある

これらが、なるべく専門用語を使わずに平易なことばで説明されている。ただし、分子生物学をあるていど学んでいたら、そういう言い回しから専門用語に戻しながら読む手間はある。たとえば、「数珠つなぎの遺伝子」→HOXクラスター、「跳躍遺伝子」→トランスポゾンというように。

Some Assembly Required: Decoding Four Billion Years of Life, from Ancient Fossils to DNA (English Edition)

Some Assembly Required: Decoding Four Billion Years of Life, from Ancient Fossils to DNA (English Edition)

Shubin, Neil
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大進化は、突然変異と自然選択による長期間にわたる漸進的な進化の仕組みでは説明できない。たとえば恐竜から鳥への進化なら、羽根の獲得、前肢の骨格の変化だけでなく、軽量な体や効率のよい心肺機能の獲得など、多くの変化が同時に起こらなければならない。しかしそれは起こり得ないことだ。

筆者はそのヒントをアメリカの劇作家のことばから得る:

何事も、当然のことながら、私たちが始まったと思ったときに始まっているわけではない — リリアン・ヘルマン

ダーウィン自身が、この問題に対する答えを用意していた:

諸々の特徴の漸進的な変化には、往々にして機能の変化が伴う — 『種の起源』第6版

かつて恐竜はおしなべて鈍重であって、恐竜から軽くすばやい鳥類が進化することはありえないと考えられていた。しかし、軽い骨格と発達した後枝をもつ小型の肉食恐竜の化石、次いで全身に羽根を伴う同類の恐竜の化石が発見された。結局ほとんど全ての肉食恐竜に羽根が生えていたことがわかった。羽根は恐竜では飛ぶためには役立っていなかったが、それが転用されて鳥類の翼に使われたと考えられる。

こうした大進化のしくみの理解は、古生物学に発生生物学と分子生物学が組み合わされて深まっていった。本書ではそれに取り組んだ多くの研究者たちが語られる。

化石の発掘から入った筆者自身の研究史を分子進化学に変えたきっかけが、形態形成遺伝子の発見である。ショウジョウバエのアンテナペディア変異にはじまるHox遺伝子クラスターの発見が紹介される。

 

アンテナペディア変異

 

進化の大きな駆動力である遺伝子重複を提唱した大野 すすむも紹介される。著書『Evolution by Gene Duplication』(英語版が原著)の当時は、顕微鏡写真から染色体をハサミで切り抜いて、その重さから染色質量を推定するという、ローテクな方法から理論を構築したが、のちの分子生物学の発展によりそれが補強されることになった。

 

大野 乾

 

『Evolution by Gene Duplication』の日本語訳は、箱入ソフトカバー

 

『Evolution by Gene Duplication』の日本語訳

 

遺伝子重複の裏付けのひとつが、トウモロコシから発見されたトランスポゾンである。トランスポゾンはすべての生物に存在する。ヒトゲノムでは、トランスポゾンにに由来する反復配列が、全体の2/3以上になるという。

 

トランスポゾンの発見

 

本書の最後ででとりあげられるのが、CRISPR-Cas9である。つまりここまでの分子生物学を本書は含むということだ。

 

シュービン氏の前著。水棲の魚類から陸棲の動物への大進化を語る。

陸生の動物はかつての肉鰭類から進化したと考えられる。肉鰭類は、現世ではシーラカンスと肺魚がふくまれ、ヒレのねもとが肉質なことが特徴だ。

現世の肉鰭類のヒレには腕のような骨はあるが、指に相当する骨格はない。肉質の部分の先には条鰭類と同じに鰭条と鰭膜がある。鰭条と鰭膜は外胚葉由来なので、これが指になったとは考えられない。

魚が陸に上がるのには、指の骨格をもつ魚がいたはずである。筆者はその化石を発見し、水棲から陸棲への大進化の道筋をひとつ明らかにした。

ここまでが本書の1/3。のこりの部分では、歯・咽頭弓・ボディープラン・感覚器の進化が語られ、生物史の小ネタにつづく。

本書の後におおくの分子生物学の発展があって、それを含めて改めて生物史を語り直したのが『進化の技法』だ。内容の重複は避けられているので、読む順は『進化の技法』がよいと思われる。

 

指を持つサカナ

 

サカナにあった指の骨格