生物の発生 − 生と死のドラマ (NHK人間大学)

1992年のNHK教育テレビのシリーズ「NHK人間大学」のテキスト。著者は発生学者、岡崎基礎生物学研究所元所長・同名誉教授、京都大学名誉教授の岡田 節人ときんど氏(1927–2017)。

発生生物学を教養として学ぶのに、現代のテキストをいきなり使うとかなり大変だ。アウトラインを手軽に見渡せるテキストがほしい。本書は一般向けのテキストなので、平易な語りで読者の興味を引きながら生物発生の深淵を垣間見せてくれる。タイトルや紹介文が大仰でなんの話かわかりにくいが、内容は発生生物学だ。絶版になっているが、古書はまだ入手可能。

 

著者

 

カラー印刷の口絵と墨版の本文という構成が時代を感じさせる

 

もくじ

 

出版年以降にも発生生物学は大きく発展しているけれども、その骨格は変わっていない。現代の複雑なテキストを読むときにパースペクティブを保つ助けになるだろう。当時のエッジをみつけてみよう。

四肢発生の軸をきめる遺伝子機構は、現在では詳細に知られている。本書で紹介されているレチノイン酸による肢芽の誘導は、現在ならソニック・ヘッジホッグ遺伝子による前後軸決定を基軸に語られるだろう。

 

レチノイン酸による肢芽の誘導

 

この当時、ショウジョウバエを使って形態形成遺伝子の分子機構が解明されつつあった。そのうち最初に発見されたbicoid / nanosが本書で紹介されている。これらの分子の胚内の濃度勾配が胚の軸形成を決定していて、後にモルフォゲンと総称されることになった。この後、ギャップ遺伝子、ペアルール遺伝子、セグメントポラリティー遺伝子などが発見され、さらに脊椎動物でもこれらのホモログが発見されてきた。

 

形態形成遺伝子のあけぼのの頃

 

bicoidとnanosの濃度勾配による前後軸決定

 

ショウジョウバエの大規模な変異体スクリーニングによってみつかった変異体のひとつに、胸部の構造が重複するバイソラックス(bithorax)変異体がある。これを端緒に発見されたホメオティック遺伝子も言及されている。これは後に1995年のノーベル生理学・医学賞につながった。

 

ホメオティック遺伝子の発見

 

プログラム細胞死も紹介されている。指間の形成が例になっているのは、現代の人体発生学の教科書も同様だ。

 

プログラム細胞死

 

発生生物学を応用した遺伝子工学として、ES細胞も言及されている。このあと1996年にほ乳類の体細胞クローンであるドリーが生まれ、韓国ではクローンES細胞捏造事件が起こり、日本でもSTAP細胞のねつ造事件があった一方、iPS細胞が発明されて2012年のノーベル生理学・医学賞につながった。

 

ES細胞